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2020-05

Electric Light Orchestra 「Discovery」

j0062■ アルバムデータ
タイトル:Discovery
アーティスト:Electric Light Orchestra
リリース:1979年5月31日(UK)
レーベル:Jet Records

アルバム総評価:93


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Shine A Little Love  ★★★★★   
02  Confusion★★★★★ 
03  Need Her Love★★★★★ 
04  The Diary Of Horace Wimp(ホレスの日記)★★★★★ 
05  Last Train To London(ロンドン行き最終電車)          ★★★★★ 
06  Midnight Blue★★★★★ 
07  On The Run★★★★☆ 
08  Wishing★★★★★ 
09  Don't Bring Me Down★★★☆☆youtube01
※( )は日本語タイトル


■ 講評
Electric Light Orchestra は、イギリスのバーミンガム出身のロックバンドである。ザ・ムーブからの発展という形で1970年に活動を開始、1971年にレコードデビュー。1970年代から1980年代にかけて世界的な人気を博した。1970年代のアメリカでビルボード40位以内のヒット曲を最も多く持つバンドでもある。

▼ Electric Light Orchestra
画像



今回紹介するアルバム「Discovery」は、1979年に発表された Electric Light Orchestra(ELO)の通算8枚目のアルバムである。毎回、印象的なジャケット・デザインでも話題となったが、このアルバムでは千夜一夜物語の「アリババと40人の盗賊」をイメージしたジャケット・デザインを採用している。

これまでの ELO の音楽性は、ストリングスを多用した壮大なスケールの作品が目立ったが、本作はバンドからストリングス・メンバーを解雇した上で、ストリングスはすべて本物のオーケストラによるものになった。その上で、シンセサイザーをこれまで以上に利用し、楽曲自体もポップでコンパクトなものに変貌した。

結果的には、そうした路線に変えたことが大きな成功へと繋がった。次作『タイム』ではほぼ完全にストリングスを排除したため、ストリングスによる ELO サウンドを聴ける最後のオリジナルアルバムとなった。ちなみに、ストリングス・メンバーを解雇した上でシンセを利用した本作だが、実際は前作『アウト・オブ・ザ・ブルー』でもストリングス・メンバーはほぼ参加していなかった。

アルバムには「シャイン・ラヴ」「ロンドン行き最終列車」「ドント・ブリング・ミー・ダウン」など、ELO の代表曲が数多く含まれている。(2001年にはリマスター盤が発売され、未発表曲やデモ・ヴァージョンがボーナス・トラックとして追加収録された。)

全英第1位を5週間キープし、1979年の年間アルバム・チャートでも第2位となる大ヒットを記録した。アメリカでも5位まで上がり、200万枚を売り上げた。世界的なセールスで見ると、最も成功した ELO のアルバムとなった。

(出典:「エレクトリック・ライト・オーケストラ」(2013年7月17日 04:31 UTC) 『Wikipedia日本語版』)

▼ Electric Light Orchestra
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Electric Light Orchestra は略して「ELO」(イー・エル・オウ。エロじゃないよ)と呼ばれるイギリスのバンドである。まだLPレコードの時代、ELO のアルバムは毎回UFOをアレンジしたジャケットのユニークさでも注目を集めた。

その ELO の魅力は何と言っても楽曲の上質なポップメロディと映画音楽のような荘厳さにある。シンセ系グループの楽曲と聴くと何かしら小難しさを連想してしまうが、ELO のアルバムは毎回映画を見る様なストーリー性を感じさせる作りとなっており、アルバム自体にブリティッシュロックとオーケストラが融合した「格調」というか「品格」があった。

特にこの「Discovery」は本物のオーケストラによるストリングスを採用することで、音の厚みが増し、非常に充実した仕上がりになっている。個々の楽曲を見ても極めて完成度が高く、ELO を代表する曲が目白押しであり、セールス面でも ELO を代表するアルバムとなっている。

一度聴いたら病みつきになりそうな ELO の名曲の数々。特にバラッドの「Need Her Love」、「Midnight Blue」は絶品である。何度聴いても感動的なバラッドである。USA ロックにはない Beatles ライクなブリティッシュロックの香りがたまらなく心地よい。

ELO を知らない世代にも ELO の名作、珠玉の1枚「Discovery」をぜひ聴いてほしい。

一方、ELO は、良い意味でも悪い意味でも Jeff Lynne のワンマンバンドであった。Jeff Lynne の才能は ELO というバンドがあってこそ開花したことに疑いの余地はないだろう。恐らく Jeff Lynne の個人プレイではここまでのヒットはなかったに違いない。

反面、その個性の強さゆえ、多くのワンマンバンドの例に漏れず ELO は極めて残念な末路を辿ることになる。いずれにせよ Jeff Lynne にとってもその他のメンバーにとってもお互いの信頼や協調があってこその「Electric Light Orchestra」であり、バンド内のパワーバランスが崩れた時点で ELO は伝説となってしまったのかもしれない。

▼ Electric Light Orchestra
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■ バンドの概要及び略歴

◆ サウンドとバンド編成の変遷
レコードデビュー後しばらくの間、ロックバンドにストリングス楽器担当(チェロ2名、バイオリン1名)がメンバーとして在籍するユニークな編成で、クラシックの弦楽三重奏の要素を取り入れた独特のサウンドが特徴だった。

1974年発表の『エルドラド』でストリングス・アレンジに Louis Clark を迎えて以降、レコーディングではロックバンドとフル編成のオーケストラ・サウンドを融合させた楽曲アレンジを構成するように変化し、バンド内のストリングスメンバーのサウンド面への貢献は減少した。

その後、1970年代後半から1980年代にかけて、従来のオーケストラ・サウンドに加えてシンセサイザーを多用した楽曲アレンジをするようになり、よりポップな方向へサウンドを変化させていった。1979年発表の『ディスカバリー』を機に、ストリングス・メンバーを解雇(ライブのための「サポートメンバー」に降格)し、ギター、ベース、ドラム、キーボードの4人編成となった。

◆ 生い立ち
デビュー当初は、ロイ・ウッド(元ザ・ムーブ)とジェフ・リン(元ザ・ムーブ、The Idle Race)の二人が中心の双頭体制であった。その後、2ndアルバム録音中にロイが脱退。1972年の『ELO II』、1973年の『第三世界の曙(On The Third day)』と、ポップでありながらプログレッシブ・ロックに通じる実験的な試行錯誤の時期を経て、1970年代中盤からはビートルズ・ライクなポップスの要素を強め、70年代を代表するヒットメーカーへと変貌する。

◆ 全盛期
1974年の『Eldorado』が初の全米ゴールドディスクを獲得すると一気にブレイクし、1975年の『Face The Music』、プラチナディスクに輝く1976年の『オーロラの救世主(A New World Record)』と順調にヒットチャートの常連へと成長。その後、二枚組大作『アウト・オブ・ザ・ブルー』(1977年)、当時大流行した Disco Beat を ELO 流に解釈した POP Rock の傑作『ディスカバリー』(1979年)を生み出し、作品の質的にも、レコードの売上げ的にも、ライブの動員規模的にもキャリアのピークを迎える。

1977年から1978年にかけて行われたワールドツアー(Out Of The Blueツアー)では、ステージ上にレーザービームが飛び交う巨大UFOを出現させ、メンバーがその中で演奏するという大がかりな演出で話題をさらった。1978年の Wembley Arena のライブを収録した DVD も発売されている。なお、最初で最後の日本公演もこのツアーで実現した。

1980年代にはいっても、映画『Xanadu』のサウンドトラック(1980年)の片面を担当し、担当した6曲中3曲(「Olivia Newton-John,Electric Light Orchestra」名義による「Xanadu」含む)を全米 Billboard TOP20 に送り込むなど変わらぬヒットメーカーぶりを発揮していた。

▼ Electric Light Orchestra
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◆ 衰退期
ELOは、ロイ・ウッドが脱退した『ELO II』以降、中心メンバーであるジェフ・リンがほとんど全曲を一人で書き、プロデュースしてレコードを制作していた。1981年の『Time』以降は、それを更に一歩進め、バンドとしてのレコーディングが完了した後、ジェフが一人残ってオーバーダビングを続けてアルバムを完成させるというレコーディング・スタイルに変化し、ELO は、ジェフのソロ・プロジェクト的な色合いが強まっていった。 また、この頃からマネージメント(Don Arden)とバンドの関係がぎくしゃくし始め、1981年の全米ツアー(Timeツアー)は、思うようにライブスケジュールを組むことができず中途半端な規模で半ば中止されるような形で終わってしまい、1982年の『Secret Messages』発表時にはライブツアーの予定すら組まれなかった。

1980年代中盤頃、バンドとレコード会社の間の契約問題で活動が停滞し、更にメンバーの Kelly Groucutt がリーダーのジェフ・リンとマネージメントを訴えるという事件が発生。すっかり ELO としての活動に嫌気が差したジェフ・リンは、1986年の『Balance Of Power』の発表と幾つかのギグへの参加を最後に、ELO の活動を放棄してしまう。

◆ Part.2活動期
1988年、ELO オリジナルメンバーであるベヴ・ベヴァンを中心として Electric Light Orchestra Part.2 が結成された。結成時には単に ELO を名乗っており、ニューヨークでジム・スタインマンプロデュースの下、ジョン・ペインをヴォーカルに据えたアルバムを制作していたが、名称使用権の問題やスタインマンとの対立で結局アルバムはリリースされず、ジョン・ペインは帰英してエイジアに加入する。プロデューサーが交代して最終的に1stアルバムがリリースされたのは1991年のことである。Part.2では、全盛期のメンバーであるバイオリンのミック・カミンスキーが復帰し、2ndアルバムからはオーケストラ・アレンジのルイス・クラークも正式メンバーとして参加するなど、オーケストラ・サウンドとロックバンドを合わせた1970年代の ELO サウンドの再現を目ざした。しかし、ELO の作品を通じてレコード会社から「世界最高のメロディメイカー」というキャッチフレーズを与えられていたジェフ・リンの不在は如何ともしがたく、アルバム、シングル共に新作が全米、全英でチャートインを記録することはなかった。ライブでは往年のヒット曲を演奏し、オーストラリアやロシアで生オーケストラと共演したライブアルバムを発表している。

なお、2000年にベヴ・ベヴァンが引退した後もメンバーの残党(ELOの元ベースプレイヤー・Kelly Groucutt や、バイオリンの Mik Kaminski を含む)は、「The Orchestra」の名前で活動を継続し、相変わらず往年の ELO のヒット曲を演奏している。

「Electric Light Orchestra (ELO)」というバンド名は、ジェフ・リンとベヴ・ベヴァンに使用権があるため、ベヴ・ベヴァン抜きの「元Electric Light Orchestra Part.2」は、元メンバーが数名在籍するにもかかわらず「ELO」の名称が使えず、その一方で、2001年に元メンバーはジェフ・リンだけという新バンドが「Electric Light Orchestra」名義でニューアルバムを発売している。Part.2結成の際にも、ELO の名称を使いたいベブと、それに難色を示すジェフの間で相談が持たれ、結局「Part.2」を「ELO」の名称に追加することで決着した経緯がある。2001年に Jeff Lynne が ELO 名義でニューアルバムを発表した際には、既にベヴ・ベヴァンが引退していたため特に問題は起こらなかった。

◆ その後
ジェフ・リンは、1980年代半ばからプロデューサーとしても活躍しており、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ポール・マッカートニー(共同プロデュース/以上、元ビートルズ)、デイヴ・エドモンズ、トム・ペティ、ロイ・オービソン、デル・シャノンなどを手掛けている。1988年から覆面スーパーバンドトラヴェリング・ウィルベリーズ(Traveling Wilburys)に在籍。ウィルベリーズでも、サウンド・プロデューサー的な役割を果たしていた。1995年から1996年にかけて発売されたビートルズのアンソロジー・プロジェクトでは、協同プロデューサーとして念願の「ビートルズとの共演」を果たした。

ベヴ・ベヴァンは、一旦引退したものの2004年にベヴ・ベヴァン・バンド、ベヴ・ベヴァンズ・ザ・ムーブのリーダーとして音楽シーンに復帰した。ベヴの新バンドは、The Orchestra のメンバーを除いた、ELO Part.2 の中核メンバーで構成されている。ベヴは、「このバンドは、ELO の曲も Part.2 の曲も演奏しない」と宣言しており、その言葉通り、ザ・ムーブの曲を演奏することはあっても ELO の曲は演奏していない。

リチャード・タンディは、後期ELOのサポートメンバーだった Dave Morgan と1980年代半ばに「The Tandy Morgan Band」を結成するなど独自の活動を展開する一方で、ジェフ・リンのソロプロジェクトやプロデュース作品にも参加している。他にも、The Move/ELO 人脈での仕事をこなしており、Trevor Burton Band の1998年のアルバム『Blue Moons』と欧州ツアーに参加したりしている。

ケリー・グロウカット、ミック・カミンスキー、ルイス・クラークの3人は、ELO Part.2 のメンバーだった Eric Troyer、Parthenon Huxley、Gordon Townsend と共に結成した The Orchestra としての活動を中心に、それぞれソロでも活動している。

ヒュー・マクドウェル(Hugh McDowell)は、「Wetton/Downes」の2005年のアルバム『アイコン』に参加するなど、現在もロック界で活動を続けている。

2009年2月19日、元ベーシストであったケリー・グロウカットが心臓発作で死去(63歳)。

2010年9月5日、元メンバーであったマイク・エドワーズがイギリス南西部デボンで事故死(62歳)。

(出典:「エレクトリック・ライト・オーケストラ」(2013年7月17日 04:31 UTC) 『Wikipedia日本語版』)

▼ Electric Light Orchestra
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■ アルバムリリースノート
シンセサイザー・サウンドに比重を置き、コンパクトな楽曲で構成された9作目は全英チャートで5週連続1位、全米でも5位という大ヒットを記録した。「シャイン・ラヴ」「ロンドン行き最終列車」「ドント・ブリング・ミー・ダウン」「コンフュージョン」「ホレスの日記」といった5曲のヒット・シングルも収録。ジャケットのアートワークにある幻想的なアラビアン・ナイトの世界をポップなサウンドで具現化して見せた傑作。(1979年作品) - Amazon

▼ Electric Light Orchestra
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「エレクトリック・ライト・オーケストラ」を素材として二次利用しています。


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