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2020-07

Sergio Mendes 「Sergio Mendes」

Sergio Mendes 「Sergio Mendes」■ アルバムデータ
タイトル:Sergio Mendes
アーティスト:Sergio Mendes
リリース:1983年
レーベル:A&M Records

アルバム総評価:100
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  VooDoo  ★★★★★  youtube02
02  Never Gonna Let You Go(愛をもう一度)★★★★★youtube02
03  My Summer Love★★★★★youtube02
04  Carnaval Festa Do Interior(恋のカーニヴァル)        ★★★★★youtube02
05  Rainbow's End(虹を求めて)★★★★★youtube02
06  Love Is Waiting★★★★★youtube02
07  Dream Hunter★★★★★youtube02
08  Life In The Movies★★★★★youtube02
09  Si Senor★★★★★youtube02

※( )は日本語タイトル

■ 講評
今回紹介するアルバム「Sergio Mendes」は、ブラジルのボサノヴァ・ポップミュージシャンのレジェンド Sergio Mendes が1983年に A&M Records からリリースしたスタジオアルバムである。A&M Records には以前にも所属しており、1973年に Bell Records に移籍して以来、10年振りの古巣からのアルバムリリースとなる。インストゥルメンタル2曲を含む全9曲を収録。

Sergio Mendes は、自身の名前を冠したアルバムを1975年にも Elektra Records からリリースしており、本作が2枚目のアルバムとなる。ラテンアメリカ諸国ではポルトガル語の「Picardia」というタイトルでリリースされおり、当時の日本語タイトルは「愛をもう一度」であった。また LP 盤の帯のキャッチコピーは「コンテンポラリー・シーンの大御所セルメンが、豪華なミュージシャンをむかえて、ラティーナ・コンテンポラリー・サウンドを展開。夏のプレイ BGM にかかせない、全米大ヒット・ナンバー“愛をもう一度”収蔵アルバム。」となっていた。(夏のプレイって…何だよ…)

Sergio Mendes 自身はシンガーではないため、#1には Leza Miller と Carol Rogers、#2には Joe Pizzulo と Leza Miller、#3には Michael Sembello と Gracinha Leporace、#5には Michael Sembello の弟である Danny Sembello、#6,#9には Leza Miller と、それぞれヴォーカルがフィーチャーされている。

アルバムプロデュースは、#9「Si Senor」を除く全曲について Sergio Mendes 自身が行い、#9のみ Jose Quintana がプロデュースを担当。

アートディレクションは、主にA&M Records のアートディレクションを手掛ける Chuck Beeson、デザインは、Howard Johnson や Joe Jackson などのアルバムジャケットを数多く手掛けるデザイナー Melanie Nissen、フォトグラフは、Sergio Mendes の作品のフォトを多く手掛けた Otto Stupakoff が担当している。

サウンドアレンジには、1983年の1stソロアルバム「Bossa Nova Hotel」やその収録曲で映画「Flashdance」のサウンドトラック収録曲でもある「Maniac」で知られる Michael Sembello(#3,#7,#8)、1978年のBette Midler 主演映画「The Rose」でピアニストを務めたこともあるキーボード奏者 Robbie Buchanan(#2)、Sergio Mendes(#3,#7,#8)本人が担当。

バックミュージシャンには、ドラムスに、キューバ出身のドラマー Carlos Vega(#8)、ジャズの Donald Byrd グループの一員としても知られる Ed Greene(#9)、Quincy Jones との共演で知られる John Robinson(#2,#3)、Raymond Pounds(#5)、Teo Lima(#1,#4,#7)、「ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において14位を獲得した Vinnie Colaiuta(#6)が、パーカッションに、Edson Aparecido da Silva (AKA Cafe)(#4)、Ron Powell(#3)、Sebastiao Neto(#1,#3,#4,#6,#7)、Steve Forman(#1,#2,#4,#6,#7,#9)、Sergio Mendes(#2-#4,#6,#7,#9)、Teo Lima(#7)が、ベースに、Michael Jackson の作品に数多く出演していることでも知られる Louis Johnson(#7)、「世界最高峰のベーシスト」、「そのベースプレイを聴いたことのない人はいない」と評される Nathan East(#2,#5,#7,#9)、長年にわたり Stevie Wonder とともに活動している Nathan Watts(#1,#3,#4,#8)が、ギターに、Ben Bridges(#1,#4)、Burt Bacharach や Herb Alpert などビックネームの作品に多数参加しているジャズギタリスト John Pisano(#9)、1983年の1stソロアルバム「Bossa Nova Hotel」の大ヒットで知られる Michael Sembello(#1,#4,#5-#8)、その数多なアーティストとのセッションの多さからセッション王と称され、Michael Jackson や Elton John などのビッグネーム のサポートも行っている Paul Jackson Jr.(#2,#9)、TOTO の Steve Lukather が「世界で5本の指に入るギタリスト」との賞賛を送った Michael Landau(#2 Solo) が、キーボードに、Sergio Mendes(#1,#4,#5,#6,#8)が、クラヴィネットに、Don Freeman(#5,#6)が、ピアノに、Don Freeman(#5,#6)、1978年の Bette Midler 主演映画「The Rose」でピアニスト役を演じたこともある Robbie Buchanan(#2,#5,#6)、Teo Lima(#3)が、シンセサイザーに、1984年の映画「Flashdance」の「Imagination」の作曲でグラミー賞を受賞した Michael Boddicker(#1,#8)、Robbie Buchanan(#2,#5,#6)、Sergio Mendes(#3,#7,#8)が、ホーンセクションに、Michael Jackson を始めとした Quincy Jones 作品を数多くサポートしたことで知られる Bill Reichenbach(#1,#4)、Ernie Watts(#1,#4)、Gary Grant(#1,#4)、Jerry Hey(#1,#4)が、バックヴォーカルに、Bill Martin(#1,#4)、Carol Rogers(#1,#4,#5,#8)、Dan Sembello(#5)、Geoff Lieb(#1,#4)、Sergio Mendes の妻であり、そのほとんどの作品に参加している Gracinha Leporace(#1,#3,#4,#5,#8)、Sergio Mendes 作品のリードシンガーとしてお馴染みの Joe Pizzulo(#2)、Leza Miller(#1,#2,#4,#5,#6,#8)、Michael Sembello(#3)、Robert Martin(#1,#4)、Suzanne Wallach(#1,#4,#5)が、ソロ・ヴォーカルに、Carol Rogers(#1)、Leza Miller(#1)が、サキソフォンに、Ernie Watts(#1 Solo)ら、各パートの第一線で活躍する一流プレイヤーが多数参加している。

▼「Sergio Mendes」
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▼「Sergio Mendes」ジャケット裏面
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▼「Sergio Mendes」LP盤ラベル
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本作からは、1982年に「My Summer Love」、1983年に「Never Gonna Let You Go」、「Rainbow's End」の3曲がシングルカットされており、この内、作曲家である Barry Mann と 彼の妻で作詞家である Cynthia Weil が制作し、Sergio Mendes 作品ではお馴染みのリードシンガー Joe Pizzulo と Leza Miller をヴォーカルにフィーチャーしたアルバムからの第二弾シングル「Never Gonna Let You Go」は、1963年のヒットシングル「The Look of Love」と並ぶ U.S.Billboard Hot 100 第4位を記録するとともに、U.S.Billboard Adult Contemporary Chart 4週連続第1位を獲得、U.S.Billboard Hot R&B/Hip-Hop Songs Chart でも第28位を記録するヒットとなった。B面には Alceu Valenca、David Batteau、Mary Ekler、Moraes Moreira 制作の「Carnaval」を収録。

なお、この「Never Gonna Let You Go」は、元々制作者である Barry Mann と Cynthia Weil が、アメリカのファンクバンドとして知られる Earth, Wind & Fire に提供した楽曲であったが、Earth, Wind & Fire がこの楽曲のレコーディングを行わないこととなったため、その後 Dionne Warwick が1982年リリースのアルバム「Friends in Love」に、また同年 Stevie Woods もアルバム「The Woman in My Life」にそれぞれ収録した楽曲ということである。

ちなみに Sergio Mendes は、アルバム「Sergio Mendes」のリリースに当たって、「アルバムの他の曲は全て勢いよく陽気な楽曲なんだ。だから少しペースを変えるためにバラッドを入れたかったのさ。」と「Never Gonna Let You Go」をカヴァーした理由を語っている。

▼「Never Gonna Let You Go」US盤
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▼「Never Gonna Let You Go」UK盤
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▼「Never Gonna Let You Go」Brazil盤
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▼「Never Gonna Let You Go」Spain盤
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▼「Never Gonna Let You Go」日本盤
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一方、第三弾シングルである「Rainbow's End」は、画家が本業の異色のジャズミュージシャン Don Freeman とシンガーソングライター David Batteau が制作した楽曲で、U.S.Billboard Hot 100 第52位、U.S.Billboard Adult Contemporary Chart 第6位を記録。

ちなみに、 Barry Manilow の1975年のシングル「Could It Be Magic」の共作者として知られる Adrienne Anderson、フランスの作詞・作曲家 Serge Gainsbourg、シンガーソングライター Alain Chamfort の3人が制作した第一弾シングル「My Summer Love」は、いずれの音楽ランキングにおいてもチャート圏外に終わっている。

また、本作には Danny Sembello(弟)と Michael Sembello(兄)の Sembello 兄弟が深く関わっており、Michael Sembello が #3「My Summer Love」、Danny Sembello が #5「Rainbow's End」のヴォーカルをそれぞれ務めた他、#7「Dream Hunter」は Sembello 兄弟が制作、#8「Life In The Movies」は Michael Sembello と Dennis Matkosky が制作した楽曲となっている。

▼「Rainbow's End」UK盤
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▼「My Summer Love」France盤
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Sergio Mendes といえば1960年代中盤から後半にかけて巻き起こった世界的なボサノヴァ・ブームの牽引役を務め、今ではブラジルを代表するボサノヴァの巨匠としても知られるミュージシャンである。特に「Mas Que Nada」は、今なお世界中で愛されるスタンダードな名曲であり、日本においても CM 曲としてよく使用されるため、楽曲を聴けばああこの曲か、と思われる方も多いのではないだろうか。

元々1stアルバムもインストゥルメンタル作品だったこともあってか、ソロではなく Sergio Mendes を核としてグループを帯同する形態で活動し、現在に至るまで何度もレーベルとそのグループの名前を変えていることも特徴的なミュージシャンである。ちなみに1968年から1972年にかけて活動したソロ歌手今陽子を伴ったオジさん世代には懐かしい日本のボサノヴァバンド「ピンキーとキラーズ」は、作曲家である いずみたく が、日本の Sergio Mendes にしようと考えてデビューさせたグループとのことである。

そんな Sergio Mendes は、元々ジャズやボサノヴァサウンドを主体としていたが、1971年にグループ名を「Brasil '66」に改名した以降は、ポップ・ロックテイストな AOR や、よりソウルフルな路線へとサウンドを進化させていくことになり、特に A&M Records に復帰して1983年にリリースしたアルバム「Sergio Mendes」から1989年のアルバム「Arara」までの4タイトルは、一際突き抜けたポップ感が印象的なアルバムとなっている。

その中でも個人的に特にハマったのが、今回紹介したアルバム「Sergio Mendes」である。当時初めて購入した Sergio Mendes の LP 盤(輸入盤)であり、その後 Sergio Mendes のアルバムを聴くきっかけともなった記念すべきアルバムでもある。

本作は、当時スランプに陥っていたといわれる Sergio Mendes が、起死回生の作品として自身の名前を冠してリリースした意欲作でもあるが、アルバムジャケットを見る限りは、リボンがあしらわれているので結婚式用の車であろうか、後部座席から覗かせる笑顔もどことなくぎこちなく、アルバムタイトルの割にはアート感やグレード感が感じられない見栄えも今一つといった感じの体裁となっている。

だがその収録曲は、陽気でダンサブルなボサノヴァサウンドベースの楽曲を中心に AOR 系のシティポップな楽曲も絶妙にラインアップされており、普通なら曲間の繋ぎ程度に使われがちなインストゥルメンタル曲さえも、非常にメロディアスでクオリティが高く、見事に独立したラテンミュージックとしてブラジリアンな雰囲気を漂わせており、非常に濃密なアルバムに仕上がっている感じだ。

そしてアルバム全体に一貫してカリビアンでラテンフレーヴァーな雰囲気を漂わせており、聴いていてワクワクするような非常にヴィヴィッドなアルバムで、収録曲のジャンルもボサノヴァ、サンバ、ファンク、ポップなどがクロスオーヴァーする中でアーバンポップなカラーも鮮やかで、非常に華やかなアルバムといった印象を受ける。

特に Leza Miller と Carol Rogers をヴォーカルにフィーチャーした冒頭の「VooDoo」は、ラテンフレーヴァーなダンスミュージックで、否応なくアルバムへの期待感を高めるキラーチューンとなっており、イントロの Michael Sembello のリズミックなギタープレイもなかなか聴き応えがあって、特に Nathan Watts によるリズムアレンジが際立つダンスミュージックとなっている。

また、その後もダンサブルな楽曲が続くと思いきや、予想を裏切る大ヒットバラッド「Never Gonna Let You Go」を2曲目に持ってくるあたりに、このアルバムのバラエティ感が感じられて小気味よい感じだ。特にこの楽曲は、日本でも AOR の名デュエット曲として人気があり、AOR系のコンピレーションアルバムにもよく収録される知る人ぞ知る人気の楽曲である。

ただ、こうしたサウンドの変化を捉えて、当時ヒット曲「Never Gonna Let You Go」に対しては、「Sergio Mendes がかき鳴らすシンセサイザーに合わせて Joe Pizzulo と Leza Miller が歌う陳腐で、甘過ぎるバラッド」とか、アルバムに対しても「ジャケットを見なければ Sergio Mendes のアルバムだと誰も気付かない」といった評論家による厳しい講評もあったようだ。

だが Sergio Mendes は、このアルバム以降もこうした路線のアルバムをリリースし続け、次作となる1984年リリースのアルバム「Confetti」も見事にヒットさせており、自身が打ち出した新機軸にある程度自信を持っていたように思われる。こうした結果を見る限り、当時彼が抱えていたスランプは見事に脱したのではないかと思うのだが、いずれにせよこうしたポップテイストな路線への転換は、リスナーには好意的に受け止められたようである。

「Sergio Mendes」は、初期のジャズやボサノヴァとはまた趣きを異にした、Sergio Mendes 後年のサウンドを象徴する名作にして傑作である。

▼ Sergio Mendes
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Sergio Santos Mendes(セルジオ・サントス・メンデス、1941年2月11日生)は、ブラジルのミュージシャンである。50枚を越えるアルバムをリリースし、特にジャズとファンクが融合したボサノヴァの演奏で知られている。近年では、2012年に3Dアニメ映画「Rio」(邦題:「ブルー 初めての空へ」)のテーマ曲「Real in Rio」の共作者としてアカデミー賞の「Best Original Song」賞にノミネートされている。

私生活では、1970年代初期からともに演奏活動を行ってきた Gracinha Leporace と結婚。Sergio Mendes は多くのアーティストとコラボレーションすることでも知られており、近年も2006年に大ヒット曲「Mas Que Nada」(マシュ・ケ・ナダ)のリメイクヴァージョンで、これまでにグラミー賞を6度受賞しているアメリカのヒップホップ・ミクスチャーグループ The Black Eyed Peas と共演している。

▼ Sergio Mendes
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Sergio Mendes は、ブラジル南部、リオデジャネイロ州リオデジャネイロ市近郊のニテロイで医者の息子として生まれる。幼少の頃からリオ市内の音楽学校でクラシック・ピアノを学ぶなど、恵まれた環境で音楽の基礎を身につける。しかし、その後はクラシックの道へ進むことはなくジャズに興味を抱くようになり、1950年代後半には、ナイトクラブで当時また新興の音楽であったジャズの影響を受けてサンバから派生したボサノヴァの演奏を始める。こうしてブラジルの作曲家、編曲家、ミュージシャンである Antonio Carlos Jobim(Sergio Mendes の指導者的位置付け) やブラジルにツアーに訪れた多くのアメリカのジャズミュージシャンと一緒に演奏するようになる。

1961年には The Sexteto Bossa Rio を結成し、Philips Records からインストゥルメンタルアルバムである1stアルバム「Dance Moderno」をリリース。その後ヨーロッパとアメリカツアーを行い、1962年にはジャズアルト・サックス奏者の Cannonball Adderley とアメリカのジャズ・フルート奏者 Herbie Mann とともに Riverside/Capitol Records から2ndアルバム「Cannonball's Bossa Nova」をリリースし、ニューヨークのカーネギーホールで演奏も行う。

▼ The Sexteto Bossa Rio
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1963年には、ブラジル屈指のピアニスト Luiz Carlos Vinhas(ルイス・カルロス・ヴィーニャス)率いるピアノ・トリオ Bossa Tres をアメリカ CBS のバラエティ番組「The Ed Sullivan Show」に出演させたこともあるブルックリン生まれのアメリカ人の作詞・作曲家、プロデューサーである Richard Adler とマネージメントを含め正式にパートナーとして協働することになる。

またこの時期、リオからアメリカに向かう20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家 Antonio Carlos Jobim や、Flavio Ramos、Aloisio Olivera といった仲間のミュージシャンにより構成されたグループとレコード・TVプロデューサーらの一行に同行する機会を得る。だが、このグループは、労働組合である音楽家ユニオンに加入していなかったため、アメリカから出国が命じられるまで、アメリカでの音楽活動を TV 番組とニューヨークにあるクラブ「Basin Street East」における演奏のみに制限されてしまうことになる。

1965年、Sergio Mendes と Richard Adler は、Sergio Mendes Trio(Chico Batera、Sebastiao Neto、Sergio Mendes)、ボサノヴァシンガーでギタリストの Wanda Sa、ブラジル有数の女性アコースティックギター奏者の Rosinha de Valenca をメンバーとして新たに「Brasil'65」を結成し、Atlantic Records と Capitol Records からアルバムをリリースし、アメリカを拠点とした音楽活動を本格化させる。ちなみに Brasil '65 を結成した際は、親交のあったアメリカのジャズドラマーである Shelly Manne、サキソフォン奏者である Bud Shank、その他ウェストコーストのミュージシャンたちの計らいにより、Sergio Mendes らグループメンバーは当地の音楽家ユニオンに加盟した結果、前回訪米時と同じ轍を踏むことはなかった。

▼ Sergio Mendes & Brasil '65
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Sergio Mendes & Brasil '65 は、Atlantic Records から Ertegun 兄弟(兄で同社の重役・プロデューサー Nesuhi Ertegun と 弟で同社の共同設立者・作曲家 Ahmet Ertegun)直々のプロデュースによるジャズアルバム(1966年にアルバム「The Swinger from Rio」、1965年にライヴアルバム「In Person at El Matador」、1966年にアルバム「The Great Arrival」)をリリースするが、いずれも売上げは低調に終わる。

▼「The Swinger from Rio」
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▼「In Person at El Matador」
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▼「The Great Arrival」
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この結果を受けて Richard Adler は、Sergio Mendes & Brasil'65 に、Sergio Mendes がこだわったポルトガル語とともに英語でも楽曲を歌うよう提案する一方で、1964年に Teddy Randazzo と Bobby Weinstein が作曲し、R&B ヴォーカルグループ Little Anthony & the Imperials がヒットさせた「Going Out of My Head」(1966年に Sergio Mendes & Brazil '66 としてカヴァー)のような英語ベースの新曲を探し求める。

更にこうした英語の楽曲を正確に歌うため、Richard Adler は Brasil '65 に英語とポルトガル語の両方で歌うことができるアメリカ人の女性シンガーを二人加入させることを提案。そして友人で Jerden Records の設立者である Jerry Dennon や、A&M Records 創設者でトランペット奏者としても知られる Herb Alpert と同じく A&M Records 創設者である Jerry Moss に連絡を取り、グループ名を「Brasil '66」に変えて新しいグループを立ち上げるべくオーディションを計画する。

▼ Sergio Mendes & Brasil '66
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この結果、Sergio Mendes & Brasil '66 は A&M Records と契約を締結。それと併行して Richard Adler は、Atlantic Records の経営者である Ertegun 兄弟(Ahmet Ertegun と Nesuhi Ertegun)を訪ねて、同社が有していた Sergio Mendes とのジャズに関する契約を解約するよう図った。その結果、Atlantic Records から「Sergio Mendes and Brasil '66」の名前で A&M Records からアルバムをリリースすることについて許諾を得る。なお、この交渉の席に Sergio Mendes 本人は同席しておらず、Richard Adler と Ahmet Ertegun だけで話が進められた。

▼「Herb Alpert Presents Sergio Mendes and Brasil '66」
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こうして Herb Alpert は、A&M Records からリリースするアルバムのプロデューサーを引き受け、1966年、グループが A&M Records からリリースした、ブラジルリオ・デ・ジャネイロ出身の歌手でギタリスト Jorge Ben が作曲した楽曲のカヴァーで1stシングル「Mas Que Nada」(マシュ・ケ・ナダ)が、そのボサノヴァなアレンジにより U.S.Billboard Hot 100 第47位、US Billboard Hot Dance Club Play Chart 第13位を記録するヒットとなる。

また同年、A&M Records からリリースした Sergio Mendes & Brasil '66 としての1stアルバム「Herb Alpert Presents Sergio Mendes and Brasil '66」も、シングル「Mas Que Nada」の大ヒットやツアーにも同行するなど Herb Alpert の個人的な尽力もあり、US Billboard 200 第7位と大ヒットを記録。アメリカレコード協会(RIAA)からプラチナディスクにも認定されるなど日本を含め世界中で大ヒットを記録した。

▼「Equinox」
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▼「Look Around」
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Sergio Mendes & Brasil '66 のオリジナルメンバーは、Sergio Mendes(piano)を筆頭に、Lani Hall(vocal)、Bibi Vogel(vocal,後に Janis Hansen に交替)の女性2人のヴォーカル、Bob Matthews(bass)、Jose Soares(percussion)、Joao Palma(drums)という構成で、長年にわたり Herb Alpert のサポートミュージシャンとして活動した John Pisano がギター演奏で参加。Janis Hansen 加入後の新体制により、1966年から1968年の間に A&M Records から1967年の2ndアルバム「Equinox」と U.S.Billboard 200 第5位を記録するなどグループ最大の売上げを記録した1968年リリースの3rdアルバム「Look Around」の2枚のオリジナルアルバムをリリースする。

▼「Fool on the Hill」
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1968年、4thアルバム「Fool on the Hill」をリリースする前に Janis Hansen に替わって Karen Philipp が加入。その一方でブラジル人のベテランジャズドラマー Dom Um Romao がパーカッショニスト Rubens Bassini とともにパーカッション部門を担当するためグループに参加。また1969年には、ドラマーとして Claudio Slon が加入し、10年近く Sergio Mendes と共に活動することになる。その後も新ベーシストとして Sebastiao Neto が、またギタリストとして Oscar Castro-Neves が加入。

この新たなラインアップにより、Sergio Mendes & Brasil '66 はそれまでに比べてよりオーケストラなサウンドへと変化を遂げる。こうしたメンバー異動が続く中でグループにとって最も衝撃的であったのは、1970年代初めにリードシンガーであった Lani Hall がソロに転進するとともに Herb Alpert と結婚したことであった。なお Sergio Mendes は、グループの要である Lani Hall を Herb Alpertに「奪われた」ことに対し、長年 Herb Alpertに怒り心頭であったと言われている。

Sergio Mendes は Brasil '66 とリリースした初期のシングルで「Mas Que Nada」に代表されるようにそれなりに成功を収めたもののその知名度は十分ではなかったが、1968年4月のアカデミー賞授賞式で Dusty Springfield の「The Look of Love」がオスカー賞にノミネートされた際の演奏が TV 放映されたことがきっかけとなって一気にブレイクし、本格的なメインストリームに躍り出ることになる。この楽曲の Sergio Mendes & Brasil '66 ヴァージョンは3rdアルバム「Look Around」に収録されており、TV 放映後瞬く間に U.S.Billboard Hot 100 Top10 入りし、最高第4位を記録。James Bond シリーズ映画「Casino Royale」のサウンドトラック収録曲である Dusty Springfield ヴァージョンを完全に食ってしまった。

続いて同年に4thアルバム「Fool on the Hill」からシングルリリースされた The Beatles のカヴァー「The Fool on the Hill」とSimon & Garfunkel で知られるイギリスの伝統的バラード「Scarborough Fair」も、U.S.Billboard Hot 100 第6位と第16位を記録するなど連続してヒット曲を送り出すことに成功する。

こうして1968年以降、世界中で最も偉大なブラジル人スターとして1960年代中盤から後半にかけて巻き起こった世界的なボサノヴァ・ブームの推進役を務めて人気を博し、スタジアムやアリーナを始め様々な会場で演奏すると共に、Lyndon B. Johnson と Richard Nixon が大統領を務めた際にホワイトハウスでコンサートも行っている。また1970年6月には、Sergio Mendes & Brasil '66 として大阪万国博覧会でライブを行っている。その後1970年代半ばからアメリカでの人気は失速するが、南アフリカと日本では絶大な人気を誇る。

▼ Sergio Mendes & Brasil '77
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1970年、Sergio Mendes & Brasil '66 として最後のアルバムとなる「Stillness」をリリース。翌1971年には再度グループ名を「Brasil '77」に改名する。また1973年に Sergio Mendes & Brasil '77としてリリースしたアルバム「In Concert」を最後に、長きに渡って在籍した A&M Records から Bell Records に移籍。

▼「Love Music」
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▼「Vintage 74」
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▼「Sergio Mendes」
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▼「Homecooking」
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▼「Sergio Mendes & the New Brasil '77」
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この Bell Records から1973年に「Love Music」、1974年に「Vintage 74」と2枚のアルバムをリリースした後、1975年に Elektra Recods に移籍して同年にアルバム「Sergio Mendes」(ブラジルリリースタイトルは「I Believe」)をリリースしたのを始め、1976年に「Homecooking」、1977年に「Sergio Mendes & the New Brasil '77」、1978年には Sergio Mendes & Brasil '88 にグループ名を変更して「Brasil '88」、1979年に「Magic Lady」をリリースし、アメリカンポップミュージックと本国ブラジルの若手ボサノヴァ作曲家に強い影響を与え続けることになる。

その一方で、1977年には Stevie Wonder とコラボレーションしてアルバム「Sergio Mendes & The New Brasil '77」から R&B テイストな「The Real Thing」をシングルカットし、U.S.Billboard Adult Contemporary Chart 第50位、Hot R&B/Hip-Hop Songs Chart 第51位とマイナーヒットを記録するなど、ソウルミュージックという新しい音楽の方向性にも果敢に挑戦した。

ちなみに2005年5月に歌手の杏里と婚約を発表(その後破局)して日本でも人気の高いジャズ・フュージョンギタリストの Lee Ritenour は、1973年に Sergio Mendes & Brasil '77 に加入し、ツアーに参加しており、彼のブラジル音楽への傾倒のルーツは、Sergio Mendes との関わりで分かるとおり、1979年リリースのソロアルバム「Rio」や1986年リリースのグラミー賞受賞アルバム「Harlequin」以前のキャリア最初期からのものであると思われる

▼「Brasil '88」
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▼「Magic Lady」
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1978年、Elektra Records から「Brasil '88」をリリース。この時点でグループ名は「Brasil '88」と変更される。1979年のアルバム「Magic Lady」を最後に Elektra Records から Herb Alpert が設立した A&M Records に移籍。これ以降、専らグループ名を除いた Sergio Mendes ソロ名義でのアルバムリリースが主体となる。

▼「Sergio Mendes」
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▼「Brasil '86」
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▼「Arara」
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1983年、Sergio Mendes として A&M Records 移籍第一弾となるセルフタイトルアルバム「Sergio Mendes」をリリースし大ヒットを記録したのを皮切りに、1984年に「Confetti」、1986年に「Brasil '86」、1989年に「Arara」と、1989年にかけて4枚のアルバムをリリースし、各アルバムからのシングルヒット曲を送り出し、アダルトコンテンポラリー系ラジオ局で盛んにオンエアされる。「Sergio Mendes」収録曲で Sergio Mendes 作品ではおなじみのヴォーカリスト Joe Pizzulo と Leza Miller をヴォーカルにフィーチャーした「Never Gonna Let You Go」は、1968年のヒットシングル「The Look of Love」と並ぶ U.S.Billboard Hot 100 第4位を記録するとともに、U.S.Billboard Adult Contemporary Chart でも4週連続第1位を獲得するヒットとなった。

▼「Confetti」
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1984年、A&M Records から移籍後第二弾アルバム「Confetti」をリリース。1984年開催のロサンゼルスオリンピック・テーマ曲として使用された第一弾シングル「Olympia」は、U.S.Billboard Hot 100 第58位、Adult Contemporary Chart 第18位を記録。また第二弾シングル「Alibis」も、U.S.Billboard Hot 100 第29位、Adult Contemporary Chart 第5位とヒットを記録する。

1980年代には、かつてグループを脱退したリードヴォーカルの Lani Hall とも再び関係を構築。Lani Hall は、1986年にA&M Records からリリースしたアルバム「Brasil '86」の収録曲「No Place to Hide」にヴォーカルとして参加。また Sergio Mendes は、James Bond シリーズの1983年映画「Never Say Never Again」のタイトル曲「Never Say Never Again」で彼女のヴォーカルのプロデュースを担当した。

▼「Brasileiro」
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その後1992年には、Elektra Records からアルバム「Brasileiro」をリリースし、グラミー賞「最優秀ワールド・ミュージック・アルバム賞」を受賞。このアルバムは、Sergio Mendes 名義のアルバムであるが、実際は Carlinhos Brown や Guinga といった、当時ブラジルの新進気鋭のミュージシャンと彼らの作品・演奏を集めてプロデュースしたものである。そのため、Sergio Mendes の従来のアルバムとはまったく違い、ステレオタイプなイメージのボサノヴァやサンバに収まらない異色作となっている。なお、オープニング・ナンバーの「Fanfarra」は、100名を越えるバテリア(打楽器隊)による典型的なサンバ・バトゥカーダであり、特にイントロダクションのコール&レスポンス(打楽器の掛け合い演奏)は、日本の「浅草サンバカーニバル」などに出場するサンバチームが練習する定番のパターンとなっている。

このグラミー賞受賞により、Sergio Mendes は名実共にブラジルジャズの影響を受けたポップサウンドクリエーターの第一人者としての地位を確実なものとする。更に1990年代後半にはラウンジミュージック人気が再燃し、Sergio Mendes の全作品に対する評価が再認識され、特に Brasil '66 時代のアルバムが改めて高く評価された。

▼「Timeless」
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2006年、Concord Records からアメリカ合衆国のヒップホップ・ミクスチャーグループ The Black Eyed Peas、ネオ・ソウルスタイルで知られる Erykah Badu、Hip-Hop グループ The Roots のリード MC として知られる Black Thought、ネオ・ソウルシンガー Jill Scott、Hip-Hop グループ Jurassic 5 の Chali 2na、ソウルシンガー India.Arie、2006年11月リリースの Chemistry のシングル「遠影 feat. John Legend」にてピアノ客演した John Legend、6つのグラミー賞とともに2つのエミー賞を獲得している Justin Timberlake、ラッパーの Q-Tip、Sergio Mendes と 共演経験もあるかの Stevie Wonder、ラッパーの Pharoahe Monch といったネオソウルとオルタナティヴヒップホップのゲスト・アーティストを幅広くフィーチャーしたアルバム「Timeless」をリリース。またこのアルバムには、Sergio Mendes の妻でグループメンバーでもある Gracinha Leporace によるヴォーカルを加えて The Black Eyed Peas と再レコーディングした「Mas Que Nada」も収録されている。本国ブラジルでは、この楽曲はローカルTVチャンネル Globo's Estrelas のテーマ曲としてもよく知られている。この The Black Eyed Peas ヴァージョンの「Mas Que Nada」には、2004年の彼らのヒット曲「Hey Mama」のサンプルも取り入れられており、ヨーロッパ諸国のチャートでヒットを記録。特に UK Singles Chart では第1週に第29位を、第2週目には最高位となる第6位を記録するヒットとなり、改めてその楽曲の人気の高さを証明した。

近年では、2006年と2008年、2016年(3月の福島復興支援コンサート、9月の東京JAZZに出演)に来日公演を行っており、日本との関係も深いミュージシャンである。

(出典:「Sergio Mendes」(4 November 2016 00:49 UTC) 『Wikipedia英語版』他)

▼ Sergio Mendes
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表された Wikipedia の項目「Sergio Mendes」を素材として二次利用しています。


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Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
Life is music. Music is life.
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