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2020-05

Roberta Flack 「Killing Me Softly」

Roberta Flack 「Killing Me Softly」■ アルバムデータ
タイトル:Killing Me Softly
アーティスト:Roberta Flack
リリース:1973年8月1日
レーベル:Atlantic Records

アルバム総評価:95
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Killing Me Softly with His Song(やさしく歌って)          ★★★★★  youtube02
02  Jesse(我が心のジェシ)★★★★★youtube02
03  No Tears (In the End)★★★★★
04  I'm the Girl(少女)★★★★★youtube02
05  River★★★★☆youtube02
06  Conversation Love(愛の語らい)★★★★★youtube02
07  When You Smile(君ほほえむ時)★★★★★ 
08  Suzanne★★★★☆youtube02

※( )は日本語タイトル

■ 講評
今回紹介するアルバム「Killing Me Softly」は、アメリカのシンガーソングライター Roberta Flack が1973年に Atlantic Records からリリースした5thスタジオアルバム(ソロとしては4thアルバム)である。プロデューサーである Joel Dorn とともに18か月をかけてレコーディングした力作である。リリース当時の日本語タイトルは、「やさしく歌って」。カヴァー曲を含む全8曲を収録し、全曲が他のコンポーザーからの提供曲となっている。

なお、本作のレコードジャケットの裏には、「This is dedicated to Rahsaan Roland Kirk」(ラサーン・ローランド・カークに捧げる)と記載されている。Rahsaan Roland Kirk は、アメリカの盲目のジャズ・ミュージシャンであるが、この記載に至った経緯については定かでない。ただ、Rahsaan Roland Kirk は、アフリカ系アメリカ人の歴史や公民権運動に関する政治的な発言も多かったということで、彼の音楽の才能や生き方に Roberta Flack が敬意を持っていたとしても不思議ではないだろう。

本作は、当時のチャートである U.S.Billboard Top LPs & Tape Chart 第3位、Soul LPs Chart 第2位を記録。アメリカ国内だけで2千万枚を出荷し、アメリカレコード協会(RIAA:The Recording Industry Association of America)から1973年8月27日にゴールドディスクに、2006年1月30日にはダブルプラチナディスクに認定されている。またグラミー賞最優秀アルバム賞(Album of the Year)にもノミネートされたが、残念ながらその栄冠は Stevie Wonder の「Innervisions」に輝いている。日本のオリコン LP チャートでも最高第16位を記録し、38週にわたってチャート圏内に登場するロング・セラーとなった。

プロデューサーを Joel Dorn が、またアソシエイトプロデューサーを Jack Shaw が担当。エンジニアを Bob Liftin、Gene Paul(#1)が、マスタリングを Barry Diament が、アルバムデザインを Rod Dyer が、フォトグラフを Burt Goldblatt が、インサイドフォトを David Redfern がそれぞれ担当している。ちなみにアルバムジャケットには、Roberta Flack の写真にグランドピアノの絵が重なると、Roberta Flack がピアノを弾いている絵になるという絵本のような細工が施されている。

また Roberta Flack 自身がアレンジ、ピアノ演奏を務めた他、スタジオミュージシャン等にブラジル出身のクロスオーバー/フュージョン・ミュージシャンで名アレンジャーとして知られる Deodato(conductor, string arrangements:#2,#8)、William Eaton(brass arrangement:#5,#8)、Alfred Ellis(brass arrangement, conductor:#3)、Kermit Moore(arranger, cello:#4)、Don Sebesky(conductor, horn arrangements, string arrangements:#6)、音楽業界において伝説の人、偉大なギタリストでありギターの神様と言い伝えられるセッションギタリスト Eric Gale(guitar)、極めて個性的な音色と音の運びで知られ、日本人ジャズメンとの競演も多いベーシスト Ron Carter(bass)、ソウルジャズドラマー Grady Tate(drums)、Ralph MacDonald(congas, percussion, tambourine)らが参加。このように全曲とも Roberta Flack 自身が全体のアレンジを行い、その上で個々の楽曲にストリングスやホーン等のアレンジャーが起用された。

なお、1曲目の「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)はニューヨークの Atlantic Recording Studios で録音され、その他の曲は同じくニューヨークの Regent Sound Studios で録音されている。

▼「Killing Me Softly」
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▼「Killing Me Softly」ジャケット裏面
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▼「Killing Me Softly」インナーシート
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▼「Killing Me Softly」LP盤ラベル
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本作からは「Killing Me Softly with His Song」と「Jesse」の2曲がシングルカットされており、1973年1月21日に先行リリースされたタイトルトラック「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)は、リリース4週間で U.S.Billboard Hot 100 第1位を獲得。1973年2月24日から4週連続で第1位を維持し、更に3月31日にはもう一度第1位に返り咲くという快挙を達成した。ちなみに5週目にしてこの楽曲を2位に押しやったのは、The O'Jays の名曲「Love Train」であった。

また、U.S.Billboard Hot R&B Singles Chart と U.S.Billboard Hot Adult Contemporary Singles Chart でも第2位を記録して、アメリカレコード協会からゴールドディスクにも認定。1973年の U.S.Billboard Hot 100 年間ランキングでも第3位、UK Singles Chart でも第6位を記録している。

こうした大ヒットを受け、1974年のグラミー賞最優秀レコード賞(Record of the Year)、最優秀女性ボーカル(Best Pop Vocal Performance, Female)を、またコンポーザーである Charles Fox と Norman Gimbel は最優秀楽曲(Song of the Year)を受賞。なお Roberta Flack は、1972年の「The First Time Ever I Saw Your Face」と合わせて2年連続でのグラミー賞最優秀レコード賞受賞となり、この記録は彼女の他にはロックバンド U2 のみの快挙となっている。

意外ではあるが「Killing Me Softly with His Song」は、Norman Gimbel 作詞、Charles Fox 作曲により、1972年8月にアメリカの女性シンガー Lori Lieberman がリリースしたポピュラーソングのカヴァーである。オリジナル曲は、Lori Lieberman が、当時まだ無名だったアメリカのシンガーソングライター Don McLean が歌う「Empty Chairs」という曲をロサンゼルスのクラブで聴いて感銘を受け、「Killing Me Softly With His Blues」という詩を書き、これを元に作詞家の Norman Gimbel と作曲家の Charles Fox が曲に仕上げたものであるが、残念ながらこのオリジナル曲はヒットしなかったようだ。

ところが、Roberta Flack が飛行機の機内 BGM として採用されていたこの楽曲を偶然聴いていたく気に入り、空港到着後直ぐに Quincy Jones に連絡をとってこの楽曲の作曲家 Charles Fox との仲介を依頼。その2日後には Roberta Flack のカヴァーが決定したということである。

1972年9月、Roberta Flack は、ロサンジェルスの Greek Theatre で Marvin Gaye と共演した際(共演者が Quincy Jones であったという情報もあり。)、用意していたアンコール曲を全て披露した後、Marvin Gaye からもう一曲歌ってくれないかと頼まれ、「今手掛けている「Killing Me Softly...」という楽曲ならあるけど」と答えたところ、「それだよ、ベイビー」と即答されてこの楽曲を披露したところ、観客のあまりの熱狂振りに Marvin Gaye が Roberta Flack のところに歩み寄り、彼女に腕を回して「ベイビー、その曲をレコーディングするまでもう二度とライヴで歌わないでくれ」と言ったという逸話が残っており、Roberta Flack 自身もリリースを前に大ヒットの手ごたえを感じていたようだ。こうして1973年1月のリリース後、見事彼女のカヴァーヴァージョンは大ヒットすることとなるのであった。ちなみに Lori Lieberman は、自分が知らないうちに自分の持ち歌が Roberta Flack によりカヴァーされたことを好意的に受け止めていたとのことである。

こうしたヒットの理由について作曲家の Charles Fox は、Roberta Flack のヴァージョンは、オリジナルに比べて速く、バックビートも力強い点を上げる一方、Roberta Flack 本人は、「これまで培ってきたクラシックの素養のおかげで、コード構成の変更やメジャーコードで曲が終わるようにするなどいろいろとアレンジすることができたわ。原曲はそういう風には書かれていなかったもの。」と語っている。この楽曲では、Roberta Flack 本人がエレクトリックピアノを演奏するとともに、Ron Carter(bass)、Billy Joel や John Lennon など数多くの大物ミュージシャンのセッション・ギタリストとして知られる Hugh McCracken(guitar)、Ray Lucas(drums)といった一流ミュージシャンが参加して華を添えている。

1996年には、Roberta Flack ヴァージョンの「Killing Me Softly with His Song」が、「グラミーの殿堂」(Grammy Hall of Fame)入りを果たすとともに、「ローリング・ストーン誌が選ぶ偉大な500曲」(Rolling Stone's list of The 500 Greatest Songs of All Time)第360位、「ビルボード誌が選ぶ偉大な楽曲」(Billboard's greatest songs of all time)第82位にもランキングしている。

特に日本では長期にわたりネスカフェの CM ソングとして起用され、非常にポピュラーでクラシックな名曲となっており、邦題「やさしく歌って」で2002年に渡辺美里がカヴァーした他、1973年にペドロ&カプリシャス(アルバム「華麗なるニューポップスの世界」収録)、1974年に南沙織(アルバム「ひとかけらの純情」、「南沙織 ポップスを歌う」収録)と尾崎紀世彦(アルバム「尾崎紀世彦 アルバムNo.8」、「尾崎紀世彦の世界」収録)、2006年に本田美奈子(アルバム「心を込めて」収録)等がカヴァーしており、平井堅に至っては2014年に Roberta Flack 本人とデュエットをしている(アルバム「Ken's Bar III」収録)。

また世界でも数多くのアーティストにカヴァーされており、特にアメリカの3人組ヒップホップ グループ Fugees によるカヴァーヴァージョンが有名で、グループはこの楽曲で1997年のグラミー賞「Best R&B Performance by a Duo or Group with Vocal」を受賞した。

▼「Killing Me Softly with His Song」France盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」Germany盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」Italy盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」Netherlands盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」UK盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」日本盤
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▼「Killing Me Softly with His Song」日本盤
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続いて本作から1973年11月8日にリリースされた第二弾シングルで、アメリカのシンガーソングライター Janis Ian の名曲のカヴァー「Jesse」(邦題:「我が心のジェシ」)も、U.S.Billboard Hot 100 第30位、U.S.Billboard Hot R&B Singles Chart 第19位、U.S.Billboard Hot Adult Contemporary Singles Chart 第3位を記録。なお、1967年にデビューし10代の天才少女として騒がれた後、そのプレッシャーから数枚のアルバムをリリース後、半ば引退状態であった Janis Ian は、Roberta Flack がこのアルバムで「Jesse」を取り上げたことにより再び脚光を浴びるようになり見事復活。1975年には7thアルバム「Between the Lines」(邦題:「愛の回想録」)でグラミー賞最優秀レコード賞(Record of the Year)を受賞している。

▼「Jesse」Germany盤
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▼「Jesse」France盤
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▼「Jesse」Portugal盤
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▼「Jesse」日本盤
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Roberta Flack と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)と Peabo Bryson とのデュエット曲「Tonight, I Celebrate My Love」(邦題:「愛のセレブレイション」)の2曲である。

元々デュエット曲が多く、「Tonight, I Celebrate My Love」も AOR のデュエットの定番バラッドとしてかなり有名な楽曲ではあるが、日本での知名度でいえば、間違いなく「Killing Me Softly with His Song」に軍配が上がるだろう。長年ネスカフェの CM ソングとしてお茶の間でもお馴染みのそのメロディは、限りなく優しく、ソフトで、それでいてどこか物憂げな Roberta Flack の歌声に実に良くマッチして、CM のイメージそのままにコーヒーの香りがよく似合うアダルトコンテンポラリーな一曲である。

Roberta Flack 自身は R&B シンガーにカテゴライズされることが多いが、今回紹介したアルバム「Killing Me Softly」を聴いても分かるとおり、決してコアな R&B というのではなく、ブルースやジャズやポップなど様々なサウンドエッセンスを取り入れたクロスオーヴァーな楽曲が多いといった印象で、ブラックコンテンポラリーながら非常に柔らかく落ち着いた感じの楽曲が多いことも彼女の特徴となっている。むしろ初期の作品はジャズのカラーが強いかもしれないが。ただ、昼は教師をしながら夜はナイトクラブで歌ってデビューチャンスを掴んだという才女にして苦労人の実力派シンガーということもあって、その華奢ながらも独特の優しさと芯の強さを感じさせる歌声には定評があり、日本でもファンが多いシンガーの一人である。

アルバム全体としては、アフリカ系アメリカ人シンガー特有のパンチ力には欠けるものの、「Jesse」や「I'm the Girl」などじっくり聴かせる深く渋い楽曲が多く、これからの季節にぴったりのアダルトコンテンポラリーなアルバムといえるのではないだろうか。特に「Conversation Love」は、心に染み入る実に素晴らしいミディアムテンポのラブバラッドであり超お薦めの佳曲だ。

なお「Killing Me Softly with His Song」を直訳すれば「あなたの歌で私を優しく殺して」となるが、その歌詞は凡そ「ギターを弾く彼の指が私の傷ついた心をかき鳴らす。彼の言葉が私の人生を歌っている。彼の歌が優しく私の心を奪っていく。彼の言葉が私の人生すべてを語っている。彼の歌がやさしく私の心を奪っていく...。彼はいい歌を歌うって聞いたの。自分のスタイルを持っているってね。だから少しだけ彼の歌を聴きに来たのよ。彼は私が知らない若い青年だったわ。人ごみの中にいるのが恥ずかしかったほど私は全身が熱くなるのを感じたわ。まるで彼が私の手紙を見つけて大声で読み上げているようだったわ。私は止めてと祈ったけれど彼はそのまま歌い続けたのよ。彼はまるで暗い絶望の中に漂っている私を知っているかのように歌ったわ。そしてその後すぐ、まるで私がそこにいないかのように私のことを全く無視したの。そしてそのままはっきりと力強く歌い続けたの。彼の歌が優しく私の心を奪っていく...。」という内容となっており、日本語タイトルの「やさしく歌って」については賛否両論あるものの、まんざら誤訳でもなく、むしろ考えようによればなかなか考え抜かれた妙訳といえるかもしれない。

ちなみに、シングル「Killing Me Softly with His Song」が U.S.Billboard Hot 100 第1位を獲得した際のチャートは、以下のとおりである。なかなか渋いランキングとなっており、この4週間後にはこの時点で第9位であった O'Jays の「Love Train」がトップに躍り出て Roberta Flack の5週連続第1位を阻むことになるわけだが、この猛者揃いのランキングの中で4週連続でトップをキープした「Killing Me Softly With His Song」こそ恐るべしといったところだろうか。今振り返って見ても実に凄いヒット曲である。

■ U.S.Billboard Hot 100(1973年2月24日週)

01:Killing Me Softly With His Song(Roberta Flack)
02:Dueling Banjos(Eric Weissberg & Steve Mandell)
03:Crocodile Rock(Elton John)
04:You're So Vain(Carly Simon)
05:Could It Be I'm Falling In Love(Spinners)
06:Do It Again(Steely Dan)
07:Last Song(Edward Bear)
08:Don’t Expect Me To Be Your Friend(Lobo)
09:Love Train(O'Jays)
10:Rocky Mountain High(John Denver)

11:Oh, Babe, What Would You Say(Hurricane Smith)
12:Daddy's Home(Jermaine Jackson)
13:Dancing In The Moonlight(King Harvest)
14:Why Can't We Live Together(Timmy Thomas)
15:The Cover Of“Rolling Stone”(Dr. Hook & the Medicine Show)
16:Jambalaya (On the Bayou)(The Blue Ridge Rangers)
17:Superstition(Stevie Wonder)
18:Also Sprach Zarathustra (2001)(Deodato)
19:Do You Want To DanceE(Bette Midler)
20:The World Is A Ghetto(War)

▼ Roberta Flack
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Roberta Flack(ロバータ・フラック、Roberta Cleopatra Flack、1937年2月10日生)は、アメリカ合衆国ノース・カロライナ州出身のシンガーソングライターである。U.S.Billboard Hot 100 第1位を獲得した「The First Time Ever I Saw Your Face」(邦題:「愛は面影の中に」)、「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)、「Feel Like Makin' Love」などのヒットで知られるとともに、「Where Is the Love」や「The Closer I Get to You」など Donny Hathaway とのデュエットでも知られている。特に「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)は、長年ネスカフェの CM 挿入歌としても使用されており、日本でもお馴染みの楽曲となっている。

また、1973年の「The First Time Ever I Saw Your Face」と1974年の「Killing Me Softly with His Song」で、2年連続してグラミー賞年間レコード賞を獲得した最初にして唯一のソロアーティストともなっている。

▼ Roberta Flack
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Roberta Flack は、1937年2月10日(1939年2月10日という記事も散見され正確な誕生年は不明。)ノースカロライナ州ブラックマウンテンで生まれ、幼少期をヴァージニア州アーリントンで過ごす。父 Laron LeRoy はピアニスト、母 Irene Flack は教会のオルガニストという音楽一家であった。まだ幼い頃、アメリカのゴスペルシンガー Mahalia Jackson や Sam Cooke が主にアフリカ系アメリカ人のバプテスト教会(キリスト教プロテスタントの一教派)で歌うのを聴いて、アフリカ系アメリカ人として音楽家を志す。

9歳の時にピアノに関心を持ち、10代になるとピアノを習い始める。15歳の時に黒人学生のクラシックピアノコンクールで優秀な成績を収め、その奨学金でハワード大学に進学。それまでに在籍した最年少学生の一人としてピアノを専攻するが、後に声楽に転向し、大学の合唱隊のアシスタントコンダクターとなる。そこで彼女が指揮した歌劇「Aida」が学内で大絶賛。これにより Roberta Flack は、大学の Delta Sigma Theta Sorority(黒人女子学生のための社交クラブ)の会員となり、その音楽教育の推進における優れた功績によりハワード大学のバンド女子学生クラブ Delta Sigma Theta の名誉会員にもなるという栄誉を受ける。

その後メリーランド州チェビー・チェース近郊の学校に教育実習生として赴任。19歳で大学を卒業後、音楽大学院へ進学したが、突然父親が死去したため、やむを得ずノースカロナイナ州ファームヴィルで、年2,800ドルという安い給料で音楽と英語の教師の仕事に就かざるを得なくなる。

▼ Roberta Flack
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その後ワシントンD.C.に戻った Roberta Flack は、Browne Junior High School と Rabaut Junior High School で教鞭をとると共に、自宅で個人のピアノレッスン講師をして収入を得た。合わせてワシントンD.C.のナイトクラブ Tivoli Club で、オペラ歌手たちの歌に合わせてピアノを伴奏し、幕間に控え室でブルース、フォーク、ポップのスタンダードナンバーを自らピアノを演奏しながら歌うなど、プロのシンガーソングライターになるためのキャリアを積み、後に有名ナイトクラブ 1520 Club で、週に何夜も自身のピアノ演奏で歌うまでになる。ちょうどこの頃、彼女のヴォイスティーチャーであった Frederick "Wilkie" Wilkerson が、「君はそう遠くない将来、クラシックじゃなくてポップミュージックで活躍するんじゃないかな。」と Roberta Flack に語ったということだが、その言葉どおり、徐々に楽曲のレパートリーを変更し、Roberta Flack の評判はますます広まることとなる。こうして1968年には、ワシントンD.C.のキャピタル・ヒルにある Henry Yaffe がオーナーを務めるナイトクラブ Mr. Henry's Restaurant で定期的に演奏することとなり、プロシンガーとしての活動を開始する。

Mr. Henry's Restaurant の環境は申し分なく、若い一音楽教師であった Roberta Flack にとっては、自分を売り出す絶好のショーケースとなった。彼女の歌声は店の客を魅了し、その評判は瞬く間に広がった。そして、Woody Allen、Bill Cosby、Ramsey Lewis といった一流のエンターテナーたちが、彼女の歌を聴きに深夜遅くにわざわざ店に訪れるようになる。このため Mr. Henry's Restaurant のオーナー Henry Yaffe は、バーの上の部屋を一級の素材と一流の調度品を使って彼女の歌うスタンダードナンバーが似合う「Roberta Flack Room」に改装したほどであった。

▼ Roberta Flack
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こうして Roberta Flack は、ナイトクラブでジャズのパフォーマンスをしているところをソウル・ジャズピアニスト・ヴォーカリストの Les McCann に見出される。後に Les McCann は、彼女の1stアルバム「First Take」のライナーノーツで、「彼女の歌声は、私が知っているありとあらゆる感覚に触れ、叩き、惑わし、そして蹴るように刺激した。私は笑って、泣いて、そして彼女たった一人の歌声をもっと聴かせてくれと叫んだんだ。」と記している。Les McCann は、直ぐに彼女のために Atlantic Records のオーディションを設定。Roberta Flack は、ジャズ、R&B ミュージックのプロデューサーである Joel Dorn の前で3時間で42曲を披露し、見事 Atlantic Records との契約に至る。こうして1968年11月には、10時間もかけないで39曲のデモを録音し、その3か月後の1969年2月にはわずか10時間で1stアルバム「First Take」を録音するなど、とんとん拍子にデビュー準備が進むことになった。後に Roberta Flack は、この極めて短時間なスタジオセッションについて「とても単純で美しいアプローチだったわ…。全部すっと Mr. Henry's Restaurant で歌っていた楽曲だったし音楽に関しては何の不安もなかったわ。 」と語っている。

こうして1969年6月に Atlantic Records から1stアルバム「First Take」でデビュー。翌1970年には2ndアルバム「Chapter Two」をリリースするが、いずれもリリース当時の売上は必ずしも芳しくなかった。

▼「First Take」1stアルバム
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▼「Chapter Two」2ndアルバム
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1971年、3rdアルバム「Quiet Fire」をリリース。The Shirelles による1960年のヒット曲のカヴァー「Will You Love Me Tomorrow」が、U.S.Billboard Hot 100 第76位とそれまでのシングルリリース曲同様、マイナーヒットに終わる。こうした成績不振は、Atlantic Records サイドの販促姿勢の消極さにあったと言われているが、ハリウッド俳優で映画監督でもある Clint Eastwood が、1971年の彼の映画監督デビュー作であるサイコスリラー映画「Play Misty for Me」(邦題:「恐怖のメロディ」)のサウンドトラック収録曲に、1stアルバム「First Take」収録曲「The First Time Ever I Saw Your Face」(邦題:「愛は面影の中に」)を選曲したことで一気に風向きが変わり、「The First Time Ever I Saw Your Face」は、6週連続で U.S.Billboard Hot 100 第1位を獲得し、1千万枚以上を売り上げてゴールドディスクも認定されるなど、1972年最大のヒット曲となった。

このヒットによりリリース時は鳴かず飛ばずであった1stアルバム「First Take」も息を吹き返し、U.S.Billboard 200 第1位とヒットを記録。結果的にアメリカで1億9千万枚を売り上げてアメリカレコード協会 (RIAA: Recording Industry Association of America) からプラチナディスクにも認定される。ちなみに Clint Eastwood は、当時「The First Time Ever I Saw Your Face」の映画における使用権料としてわずか2千ドルを支払っただけということであるが、これが縁で今だに Roberta Flack の大ファンであり友人でもあるとのことで、Roberta Flack は、Clint Eastwood のリクエストに応じて、1983年の Dirty Harry シリーズ映画「Sudden Impact」(邦題:「ダーティハリー4」)のエンディングテーマをレコーディングしている。なお「The First Time Ever I Saw Your Face」は、1973年のグラミー賞で最優秀レコード賞(Record of the Year)を受賞した。Roberta Flack にとって Clint Eastwood は、まさに大恩人といったところだろう。

▼「Quiet Fire」3rdアルバム
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1972年になると Roberta Flack は、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」第49位にも選ばれたアメリカのミュージシャン、シンガーソングライター Donny Hathaway と共作で4thアルバム「Roberta Flack & Donny Hathaway」をリリースする。収録曲「Where Is the Love」(邦題:「恋人は何処に」)が、U.S.Billboard Hot R&B/Hip-Hop Songs Chart 及び Adult Contemporary Chart で第1位を獲得するとともに、1千万枚以上を売り上げてゴールドディスクにも認定されるヒットを記録。Donny Hathaway との親交は深く、1978年にゴールドディスク認定されたミリオンセラーシングル「The Closer I Get to You」(邦題:「私の気持ち」)や1980年の9thアルバム「Roberta Flack Featuring Donny Hathaway」でも共演するなど数多くのデュエット曲をリリースしており、こうした関係は、Donny Hathaway が亡くなる1979年まで続いた。

▼「Roberta Flack & Donny Hathaway」4thアルバム
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▼「Roberta Flack Featuring Donny Hathaway」9thアルバム
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続く1973年には Charles Fox と Norman Gimbel が共作し、1971年に Lori Lieberman がリリースした楽曲のカヴァー「Killing Me Softly with His Song」(邦題:「やさしく歌って」)が、U.S.Billboard Hot 100 第1位と大ヒットを記録。これにより Roberta Flack は、グラミー賞の最優秀レコード賞(Record of the Year)、最優秀女性ボーカル(Best Pop Vocal Performance, Female)を、また Charles Fox と Norman Gimbel は最優秀楽曲(Song of the Year)を受賞した。なお Roberta Flack は、1972年の「The First Time Ever I Saw Your Face」と合わせて2年連続でのグラミー賞最優秀レコード賞受賞となったが、この記録は彼女の他にはロックバンド U2 のみの快挙となっている。

「Killing Me Softly with His Song」を収録した同1973年リリースの5thアルバム「Killing Me Softly」は、ダブルプラチナディスクに輝く自身最大のヒットアルバムとなる。1974年には「Feel Like Makin' Love」(邦題:「愛のためいき」)をシングルリリースし、3回目にして自身最後となる U.S.Billboard Hot 100 第1位ヒットを記録。一方、翌1975年にリリースした同タイトルシングルを含む6thアルバム「Feel Like Makin' Love」は、U.S.Billbaord 200 第24位と振るわなかった。

▼「Killing Me Softly」5thアルバム
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▼「Feel Like Makin' Love」6thアルバム
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1977年に7thアルバム「Blue Lights in the Basement」をリリースし、U.S.Billboard 200 第8位を記録するが、1978年リリースの自身の名前を冠した8thアルバム「Roberta Flack」は、U.S.Billboard 200 第74位と惨敗に終わる。

▼「Blue Lights in the Basement」7thアルバム
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▼「Roberta Flack」8thアルバム
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1982年、10thアルバム「I'm the One」をリリース。Burt Bacharach が作曲した映画「Making Love」のタイトルトラック「Making Love」が、U.S.Billboard 100 第13位 とヒットを記録したが、アルバム自体は、U.S.Billboard 200 第59位と伸び悩んだ。続く1983年には、Peabo Bryson とのデュエット曲「Tonight, I Celebrate My Love」(邦題:「愛のセレブレイション」)が、U.S.Billboard Hot 100 第16位、R&B/Hip-Hop Songs Chart 第5位、Adult Contemporary Chart 第4位と大ヒットを記録。1983年、Capitol Records から同曲を収録した Peabo Bryson のとデュエットアルバムである11thアルバム「Born to Love」をリリース。続くシングルデュエット曲「You're Looking Like Love To Me」、「I Just Came Here To Dance」は、ポップ、R&B チャートでは伸び悩んだが、Adult Contemporary Chart ではそれぞれ第5位及び第15位とチャート上位に食い込んだ。

▼「I'm the One」10thアルバム
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▼「Born to Love」11thアルバム
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1988年、12thアルバム「Oasis」をリリースするもポップファンにインパクトを与えることができず、U.S.Billboard 200 第159位と惨敗。そんな中、タイトルトラック「Oasis」は、U.S.Billboard Hot R&B/Hip-Hop Songs Chart 第1位を、また「Uh-Uh Ooh-Ooh Look Out」は、Dance Club Songs Chart 第1位を記録して気を吐いた。また1991年には、ジャマイカ人ヴォーカリスト Maxi Priest とのデュエット曲「Set the Night to Music」が、U.S.Billboard Hot 100 第6位と久々のシングルチャート Top10 入りを果たし、Adult Contemporary Chart でも第2位と健闘。だが、同曲を収録した1991年リリースの13thアルバム「Set the Night to Music」は、U.S.Billboard 200 第110位と前作同様惨敗に終わる。

1994年、Atlantic Records からジャズやソウルのスタンダードナンバーのカヴァーアルバムとなる14thアルバム「Roberta」をリリースするが人気回復には至らず、本作がデビュー以来25年間続いた Atlantic Records 最後のアルバムとなった。

▼「Oasis」12thアルバム
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▼「Set the Night to Music」13thアルバム
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▼「Roberta」14thアルバム
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1999年、ハリウッドにある Hollywood Walk of Fame にネームプレートが設置され、名実ともにスターミュージシャンの仲間入りを果たす。後年は The Beatles のカヴァーに積極的に取り組んでおり、2012年には 429 Recordsから「Let It Be Roberta: Roberta Flack Sings the Beatles」をリリースしている。

またコンサートでの来日経験も多く、日本との関わりも深いようで、1999年、高橋真梨子の曲を英語詞でカヴァーしたアルバム「Friends: Roberta Flack Sings Mariko Takahashi」を Victor Entertainment, Inc.からリリース。また2014年には、平井堅のアルバム「Ken's Bar III」に収録された「やさしく歌って」のカヴァーに本人が参加している。

(出典:「Roberta Flack」(24 November 2016 22:49 UTC) 『Wikipedia英語版』他)

▼「Let It Be Roberta: Roberta Flack Sings the Beatles」
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▼「Friends: Roberta Flack Sings Mariko Takahashi」
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表された Wikipedia の項目「Roberta Flack」を素材として二次利用しています。


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名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
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