FC2ブログ

2020-05

酉年に因んだ寺院 「長福寺(七寺)」

酉年に因んだ寺院 「長福寺(七寺)」■ 観光データ
観光スポット:稲園山 長福寺(七寺)
所在地:愛知県名古屋市中区大須
交通①:市営地下鉄鶴舞線「大須観音駅」徒歩3分
交通②:市バス「大須停留所」すぐ
見所:酉の市で有名な寺院

観光オススメ度:20


■ 酉年に因んだ寺院「長福寺(七寺)」

以前このブログで、来年の干支である酉に因んだ名古屋市内の神社「素盞男神社」を御紹介したが、今回は第二弾として「長福寺」を御紹介したい。

長福寺(ちょうふくじ)は、愛知県名古屋市で素盞男神社(すさのおじんじゃ)と並んで「酉の市」で有名な寺院である。「酉の市」とは、例年11月の酉の日に行われる祭のことであるが、東海地方で酉の市が催される寺社は、この名古屋市内にある2つの寺社以外には、静岡県浜松市中区の大安寺ぐらいだということであり、毎年11月には遠方からも参拝客が訪れて賑わいを見せるとのことである。

長福寺は、名古屋市中区大須にある真言宗智山派の準別格本山寺院で、山号は稲園山(とうえんざん)。地元では七寺(ななつでら)と称されており、東海地方ではこちらの呼び方の方が馴染みがあるかもしれない。

この「七寺」は、天平七年(735年)にこの尾張の地に開山されて以来、天下泰平、五穀豊穣、万民豊楽の祈りを捧げ続けて、尾張国有数の古刹として寄与してきた寺院である。享保十五年(1730年)からは尾張徳川藩の祈願所となり尾張徳川の繁栄を支え続け、現在では名古屋はもとより日本全国の繁栄を祈り、支えているとのこと。

ただ公式ホームページに見る限り、この東海地区も例外ではなかった「平成の大不況」の中で、ここ名古屋から再び全国に活気を取り戻したいという願いの下に勇士が集まり、尾張国で徳川の繁栄を支え続けた稲園山長福寺において「大須七寺 酉の市」が開催されるようになった、ということで、七寺の「大須酉の市」自体は、比較的歴史が浅いようである。

そんな毎年七寺で開催される「大須酉の市」では、このために特別に作られた開運熊手に、弘法大師空海より伝えられた真言密教の秘法で一本一本丁寧に加持祈祷がされ、その年一年間の「商売繁盛」「家内安全」などの福を掻き込み、厄を祓う縁起物として授かることができる。

また熊手飾りには一つ一つ意味と御利益があり、大須酉の市の熊手は職人の手によって一本一本丁寧に作られているということで、その飾り付けも一つ一つ意味を持ち、七寺の御本尊の御利益と伝統的な熊手飾りで家内安全、五穀豊穣、商売繁盛を意味しており、大須酉の市の開運熊手の特徴は華美になりすぎず飾られる縁起物の意味をしっかりと表現した厳かな物となっているとのことだ。

ちなみに特大熊手(約90cm)が祈祷料20,000円(税込み・以下同じ)、大熊手(約68cm)が10,000円、中熊手(約57cm)5,000円、大須ちりめん熊手(約51cm)8,000円とのことなので参考までに。

▼「七寺」全景
画像



その寺伝によると、七寺こと長福寺は、天平7年(735年)、尾張国中島郡萱津(現在の愛知県あま市)に行基が開山し、当時は正覚院と称したとのことで、延暦6年(787年)、紀是広が7歳で亡くなった子を弔うために七堂伽藍(7区の仏閣と12の僧坊)を建立したことから、これに因んで七寺と呼ばれるようになったということで、七堂伽藍は仁和3年(887年)の水害や天慶4年(941年)の兵火により荒廃したが、仁安2年(1167年)、勝幡城城主・尾張権守大中臣朝臣安長が娘の菩提を弔うため、婿であった豊後守親実と共に計らって寺を現在の稲沢市七ツ寺町に移し、七堂伽藍と十二僧坊も再建。

安長は安元元年(1175年)から治承2年(1178年)に掛けて一切経を書写させると共に、阿弥陀如来像と観音菩薩・勢至菩薩像を奉納し、寺の名を稲園山長福寺と改めたが、安長が建立した寺塔のほとんどは建武年間の戦火で焼失する。

天正19年(1591年)、豊臣秀吉の命を受けた清洲の豪族・鬼頭孫左衛門吉久が清洲に寺を移して本堂を再建。

慶長16年(1611年)、徳川家康の清洲越しの命によって現在地に移転されるに当たって本堂が清洲から移築。かつて失われた諸堂も再建された。元禄13年(1700年)には尾張藩二代藩主徳川光友により三重塔が再建され、享保15年(1730年)より尾張徳川家の祈願所となった。

境内には芝居小屋が建ち並び、当時の大須界隈にあっては大須観音や名古屋御坊(西本願寺)を凌ぐ寺勢を誇ったとも伝わる。

明治12年(1879年)、総本山智積院の末寺となり、明治44年(1911年)には準別格本山に昇格したが、昭和20年(1945年)3月19日の名古屋大空襲で本堂、三重塔など経蔵以外の七堂伽藍全てを焼失。境内のほとんどは戦後復興に伴う再開発で大須の町の一部となり、現在では街中にある小さな寺の様相となっている。

(出典:「長福寺 (名古屋市中区)」(2016年9月17日 22:01 (UTC))『Wikipedia日本語版』)

こうして七寺の成り立ちを見てくると、非常に由緒あるお寺のようなのだが、実際に寺院を訪れてみると、恐らく10人中10人が「えっ?これがお寺なの・・・」と絶句してしまうほど小じんまりとしており、木立の茂みに隠れて見えにくくなっている仏像と鳥居を見つけて初めてここが境内だということが確認できるほど殺伐とした佇まいの寺院となっている。なお、神仏習合思想の名残だろうか、寺院としては珍しく本殿前に小さな鳥居が二箇所に立っている。

すぐ近くに日本三大観音の1つとも言われる観音霊場「大須観音」と名古屋随一の大商店街「大須商店街」が控えており、日夜賑わいを見せる大須エリアの外れに位置することもあってか、より寂寥感が漂うのかもしれないが、正直御利益とは縁遠そうな都心の片隅にある寂れた寺院といった趣きだ。

本当にここで酉の市が開催されるのかと疑いたくなるほどであるが、東海三十六不動尊第九番霊場と名古屋二十一大師第二番霊場となっており、寺院としての行事も滞りなく行われているようで、一大商店街エリアといった立地の良さも手伝って、深夜0時より開催される「大須酉の市」は、参門に提灯が飾られて派手やかで相当な賑わいを見せるらしい。

普段であればわざわざ訪れるほど風情のある寺院とは言い難いが、名古屋駅から地下鉄で乗換えを含めて2駅目と交通の便は比較的良いため、興味がある方は酉の市に合わせて訪れてみてはいかがであろうか。普段の静寂な雰囲気とはまた違った賑やかで風情ある風景が楽しめるに違いない。

なお、平成28年11月の酉の市は、一の酉が11日(金)、二の酉が23日(水・祝)の2日となっている。

▼ 参門
画像


画像


▼ 参門横の看板
画像


▼ 鳥居と仏像
画像


画像


▼ 本堂
画像


画像


▼ 納経所
画像




■ 長福寺(七寺)へのアクセス
交通:名古屋市営地下鉄鶴舞線「大須観音駅」下車徒歩3分又は名古屋市営バス「大須停留所」下車すぐ
所在地:愛知県名古屋市中区大須2丁目28-5




*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表された Wikipedia の項目「長福寺 (名古屋市中区)」を素材として二次利用しています。

love3  最後まで御覧いただきありがとうございました。よろしければ1拍手いただけるとうれしいです。


スポンサーサイト



  

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://758ongakudohonpo.blog.fc2.com/tb.php/298-68b0647c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

ヤバイTシャツ屋さん 「We love Tank-top」 «  | BLOG TOP |  » Laura Branigan 「Self Control」

プロフィール

香山蔵之介

Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
Life is music. Music is life.
Let's enjoy music for your wonderful life.

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

邦楽(あ行) (32)
邦楽(か行) (25)
邦楽(さ行) (31)
邦楽(た行) (12)
邦楽(な行) (10)
邦楽(は行) (25)
邦楽(ま行) (5)
邦楽(や行) (11)
邦楽(ら行) (9)
邦楽(わ行) (2)
洋楽(あ行) (19)
洋楽(か行) (10)
洋楽(さ行) (29)
洋楽(た行) (11)
洋楽(な行) (0)
洋楽(は行) (18)
洋楽(ま行) (4)
洋楽(や行) (1)
洋楽(ら行) (14)
洋楽(わ行) (1)
洋画(か行) (2)
洋画(は行) (1)
アート (6)
文化 (13)
ファッション (1)
グルメ (7)
PC (1)
健康 (1)
BLOG (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

アクセス数

オンライン数

現在の閲覧者数:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログランキング

ブログランキング参加中


ブログランキング参加中

Please Click !