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2020-05

Con Funk Shun 「7」

Con Funk Shun 「7」■ アルバムデータ
タイトル:Con Funk Shun 7
アーティスト:Con Funk Shun
リリース:1981年
レーベル:Mercury Records

アルバム総評価:98
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲         名評      価  MV  
01  Bad Lady  ★★★★★  youtube02
02  I'll Get You Back★★★★☆youtube02
03  Body Lovers★★★★★youtube02
04  Promise You Love★★★★★youtube02
05  If You're In Need Of Love          ★★★★★youtube02
06  Straight From The Heart★★★★★youtube02
07  A Song For You★★★★★youtube02
08  California 1★★★★★youtube02


■ 講評
今回紹介するアルバム「Con Funk Shun 7」は、アメリカの R&B、ファンクバンドである Con Funk Shun が1981年に Mercury Records からリリースした11枚のアルバムの内7枚目となるスタジオアルバムである。Fretone Records 時代から通算すると9枚目のアルバムとなる。

▼「7」
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▼「7」日本リリース盤
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この「7」というアルバムタイトルは、学生時代から活動を共にしてきた7人のメンバーを記念するとともに、7という数字が「再生=新しい何かの出現」というルネッサンス(再生・復活)を意味することを意識して付けたとされている。またこのアルバムは、Michael Cooper のハスキーテナーが冴えるダンサブルなソウルファンクトラック「Bad Lady」を筆頭にラジオ局で盛んにエアプレイされ、チャートを賑わした Con Funk Shun のアルバムの中でも名曲揃いのアルバムと言われている。

全8曲を収録するグループのセルフプロデュースによる作品で、全曲グループのメンバーが作曲に関わっている。

アートディレクションは Joan Marlow、アルバムカヴァーコンセプト及びライナーノーツは Louis A. McCall, Sr.の妻でもある Linda Lou McCall が、デザインは Lumel Whiteman Studio が担当している。またアルバムジャケットの個性的なイラストレーションによるアートワークはデザイナーである Joe Amrhein の作品である。

「7」は、1982年の The Billboar 200 最高第82位、Top R&B/Hip-Hop Albums Chart 最高第17位を記録するとともに、1981年「Bad Lady」、1982年「Straight From The Heart」の2曲がシングルリリースされており、Billboard Hot R&B/Hip-Hop Songs Chart において「Bad Lady」が第19位、「Straight From The Heart」が第79位を記録している。

▼「Bad Lady」
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▼「Straight From The Heart」
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Con Funk Shun は、1970年代から80年代に活躍したアメリカを代表するファンクバンドである。本国での人気とは裏腹に日本における知名度はいま一つであるが、当時来日してライヴ活動を展開するとともに、その楽曲はディスコでも人気で、今なおコアなファンクミュージックファンの間では高い評価を受けているグループである。

活動期間によってそのサウンドの変化が顕著であり、Ted Sturges がプロデュースを手掛けたデビューから前期にかけては非常にコアなファンクミュージック、セルフプロデュースによる活動中期はディスコサウンドを主体とした非常にダンサブルなR&Bミュージック、そして Eumir Deodato がプロデュースを手掛けた後期はよりエレクトリック指向のファンクサウンドを展開し、メンバーの変動がないにもかかわらず非常に変化に富んだ聴き応えのあるディスコグラフィーとなっている。

今回紹介するアルバム「7」は、活動中後期のアルバムであり、ダンサブルなディスコチューン、ロックテイストな R&B、メロウなスロウバラッドと様々なテイストの楽曲が非常にバランスよく収録されており、円熟期を迎えたグループのメルクマーク的なアルバムとして、非常に完成度の高い作品となっている。

収録曲の中でも特に「Promise You Love」は、ベースが刻むジャジーなイントロからブルース調なリズムの前節に切れ目なく移行し、最終的にグルーヴな R&B に落ち着いていくバラッドであり、ジャズ、ブルース、R&B など様々な音楽ジャンルを越えたサウンドの名曲として高く評価されている。この楽曲は Michael Cooper と Felton Pilate の二人がメインヴォーカルを務め、 後半に Michael Cooper がセクシーで情熱的なモノローグをアドリブで加えている。だが、このアルバムからシングルカットされたのは同じくバラッドである「Straight from the Heart」であった。「Straight from the Heart」は Felton Pilate の魅惑のファルセットと Michael Cooper の情緒溢れるテノールヴォイスが印象的な美しいメロディアレンジのバラッドであり、「Straight from the Heart」の方がセールス面でもよりシングルリリースとしてふさわしいと判断されたものと思われるが、「Promise You Love」は、その後のアルバムにシングルリリースされずにチャートにもランクインしないバラッド曲が収録されるお膳立てをした楽曲としても評価されており、Con Funk Shun にとっても非常に重要な位置付けのバラッド曲となっている。

また、Con Funk Shun お得意の乗りの良いファンクダンスサウンドも健在で、「Bad Lady」、「A Song For You」は思わず体が動き出すような軽快なリズムが心地よいディスコミュージックである。

そしてラストを飾るのがミディアムロック指向なサウンドが異彩を放つ「California 1」である。Felton Pilate のヴォーカルとソフトロック調のエレクトリックギターが何とも言えず渋いメロウ&グルーヴな楽曲で、アルバムの中でも一際目立つ楽曲だ。

このアルバムがリリースされた1980年前半からメンバー間の亀裂が大きくなり、グループは解散に向けて進むことになる。7人の仲間の結束を意識した記念すべきアルバムがグループ凋落の序章となろうとは、何とも皮肉なことである。

▼ Con Funk Shun
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Con Funk Shun(コン・ファンク・シャン)は1970年代から80年代に活躍したアメリカの R&B、ファンクバンドである。Earth Wind & Fire、Commodores、Chaka Khan、Sly & the Family Stone などに影響を与えたことでも知られている。

1976年に Mercury Records と契約後80年代半ばにかけて、アメリカ国内はもちろん海外ツアーも展開し、Mercury Records からは合計11枚のアルバムをリリースするとともに、Billboard R&B Singles chart 第1位を獲得した「With A Bullet」を始め数々のヒットシングルをリリースするなど全米で絶大な人気を博したバンドである。

グループは1987年に正式に解散しており、実質的な活動は10年間であった。

Con Funk Shun の楽曲は、現在もアメリカのソウル系のラジオ放送局で1970・80年代の音楽としてさかんにオンエアされるとともに、その音源は後の Hip Hop、R&B、Rap ミュージシャンたちに繰り返しサンプリングされている。例えば2008年には、1980年リリースのアルバム「Spirit of Love 」の収録曲で Louis McCall、Linda Lou McCall、Danny Thomas が作曲した「Honey Wild」が、Hip Hop アーティストである Lil Wayne によりサンプリングされ グラミー賞受賞 CD「Tha Carter Ⅲ」に収録されている。また1996年には、Soul、Hip Hop グループである Dru Hill が Keith Sweat プロデュースによる自己の名前を冠したデビューアルバム「Dru Hill」において「Love's Train」をカヴァーしている。他にもポップミュージシャンである Jason Mraz はライヴなどの機会を捉えて頻繁に「Ffun」を演奏。ガールズグループ Boykrazy の1991年リリースのシングル「That's What Love Can Do」は「Too Tight」を Stock Aitken & Waterman がヘヴィサンプリングした楽曲である。

▼ Con Funk Shun
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Con Funk Shun は1969年に「Project Soul」として活動を開始。当初のメンバーは、カリフォルニア州 Vallejo の高校のクラスメイトであった Louis A. McCall Sr.(Drums/Percussion/Vocals)と Michael Cooper(Lead Guitar/Lead Vocals)の2人であった。

1971年から同じく高校の知り合いである Cedric Martin(Bass)、Danny "Sweet Man" Thomas(Keyboards)、Karl "Deacon" Fuller(Trumpet)、Paul "Maceo" Harrell(saxophone/flute)が加入して6人体制となり、その後直ぐに 同じく Vallejo 出身で地元のライバルバンドのシンガー、マルチプレイヤーであった Felton "Slyde Clyde" Pilate(trombone/lead vocals)が加わり、本格的な音楽活動を始める原型となった7人体制が整う。

1973年、グループはテネシー州メンフィスに拠点を移し、Project Soul として Stax Records 所属の The Soul Children のバックアップバンドに起用され、日本を含む海外ツアーにも参加して様々な Stax Records のスタッフライター達と創作活動を行う。こうして Project Soul は徐々に頭角を現し、その活動が Fretone Records 創設者である Estelle Axton の目に留まって、Fretone Records と契約に至る。だが Project Soul としての活動は次第に行き詰まり、成功を収めるまでには至らなかった。

そんな時、メンフィスに Audio Dimensions というレコーディングスタジオを所有するプロデューサー Ted Sturges に出会いグループは大きな転機を迎える。この Ted Sturges の助言もあって7人で新たにヴォーカル&インストゥルメンタルバンドとして「ConFunkShun」に改名する。ちなみにこのバンド名は、アメリカの Funk/R&B バンド「New Birth」の派生インストゥルメンタルアンサンブルグループ「The Nite-Liters」が1970年にリリースしたデビューアルバム「The Nite-Liters」の収録曲「Con-Funk-Shun」に因んでいる。

Ted Sturges は Audio Dimensions を所有する傍ら、ConFunkShun のプロデューサーとなり、1973年に Fretone Records から1stアルバム「Organized ConFunkShun」をリリースする。

▼「Organized ConFunkShun」1stアルバム
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グループはサウンド的にも進化し、Michael Cooper と Felton Pilate がメインのリードヴォーカリストとなる。一方、1stアルバム制作中にグループの MC として8人目のメンバーと言われた Dennis Johnson がカリフォルニアの神学校に通うためバンドを脱退。

1973年、「Organized ConFunkShun」に続いて2ndアルバム「The Memphis Sessions」を Fretone Records からリリース。

▼「The Memphis Sessions」2ndアルバム
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1974年、後に Louis A. McCall Sr.の妻となる Linda Lou McCall がグループの広報担当/ソングライターに就いて「ConFunkShun」という続きスペルのグループ名を手直して正式に「Con Funk Shun」(スペルの間を空けただけ)に改名するとともに、その後のアルバムなどで使用されることになるグループ名のロゴも制作する。こうして Con Funk Shun はアメリカ南部で最も知られたグループの一つとなったが、メジャーレコードとの契約には至らなかった。

1976年、Con Funk Shun はようやくメジャーレーベルである Mercury Records と契約を締結し、メジャー1stアルバムとなる新しいグループ名を冠した3rdアルバム「Con Funk Shun」をリリースする。その後 Mercury Records からは解散までの10年間に11枚のアルバムをリリースし、このうち5枚がゴールドディスクに認定されている。

▼「Con Funk Shun」3rdアルバム
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1977年、メジャー2ndアルバムとなる4thアルバム「Secrets」をリリースし批評家からも高い評価を受けるとともに商業的にも成功を収め、ゴールドディスクを獲得する。シングルカット第一弾となるR&B/funk バンド Brick に捧げる曲として Michael Cooper が作曲した「Ffun」は、1977年7月の U.S.Billboard Top Soul Singles chart で第1位を獲得した。

▼「Secrets」4thアルバム
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その後も1978年に5thアルバム「Loveshine」、1979年に6thアルバム「Candy」、1980年に7thアルバム「Spirit of Love」とコンスタントにアルバムをリリースして全米で人気を博すとともに、US Billboard black singles chart において1978年「Shake and Dance with Me」が第5位、1979年「Chase Me」が第4位、1980年「Got to Be Enough」が第8位、「Too Tight」が第8位と TOP10 入りするヒットシングルを立て続けにリリースした。

▼「Loveshine」5thアルバム
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▼「Candy」6thアルバム
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▼「Spirit of Love」7thアルバム
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1980年代に入ると時代の先頭を走るファンクバンド集団の一員として、他のバンドと同様バラードやインストなどもレコーディングするようになる。また、Con Funk Shun は全てのアルバムにおいてメンバー全員が主要なミュージシャンであることはもちろん、メンバーそれぞれがライター、アレンジャー、プロデューサーとしてアルバム作りに貢献するスタイルを貫いた。

その後も1980年に8thアルバム「Touch」、1981年に9thアルバム「7」、1982年に10thアルバム「To the Max」、1983年に11thアルバム「Fever」、1985年に12thアルバム「Electric Lady」と継続してアルバムをリリースする。特に「7」は10代の頃から共に過ごしてきた7人のバンドメンバーによるメジャーデビュー後7枚目のアルバムという意味を持っており、グループにとってマイルストーンとなるアルバムにして、ヒット曲「California 1」、「Straight From The Heart」、「Body Lovers」、そして Billboard Top 20 Soul Single の「Bad Lady」を収録する名盤となった。

▼「Touch」8thアルバム
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▼「7」9thアルバム
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▼「To the Max」10thアルバム
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▼「Fever」11thアルバム
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▼「Electric Lady」12thアルバム
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しかしながら、1980年代に入るとレコードの売上げは減少し、レコード会社からのサポートも十分ではなくなっていき、グループ内に亀裂が生じ始める。加えてリードヴォーカルの Michael Cooper と Felton Pilate の二人がバンドを仕切ろうと画策し始め、 共にグループの礎を築いた Louis A. McCall Sr.と Michael Cooper はしばしば争う事態となる。

優れたミュージシャン、作曲家であった Michael Cooper は、絶えず Louis A. McCall Sr.の商才と交渉手腕(Louis A. McCall Sr.と妻の Linda Lou McCall は、1977年のバンド初となるメジャーツアーを組む役割を果たし、結果的にグループの全米での成功とその後受賞する多くのゴールドディスクの最初の一枚を獲得した。)を面白く思っていなかった。Louis A. McCall Sr.は音楽上の問題に関してはいつも Michael Cooper に譲っていたが、その一方ビジネス上の決定については Michael Cooper からの意見を受け付けなかった。加えて Louis A. McCall Sr.はしばしば投票によりグループリーダーに選出されており、そのことが絶えず Michael Cooper と他のメンバーとの隔たりがより広くなる原因ともなっていた。 Felton Pilate はもっぱら Michael Cooper 側に付いたが、バンドにおける参加民主主義の定数の原理(簡単に言えば多数決の原則)が働いて、二人の提案は他のメンバーの投票により打ち消されてしまった。

こうして1986年にリリースされた13thアルバム「Burning Love」では、長年にわたって音楽的にグループの核となっていたリードシンガー、ソングライターである Felton Pilate 抜きで収録が行われ、同年 Felton Pilate は Louis A. McCall Sr.と口論の末グループを脱退する。結果的にこのアルバムがグループ最後のアルバムとなった。ちなみに「Burning Love」には、Felton Pilate に代わって Con Funk Shunとしばしば共演したこともある Melvin Carter が参加している。

同年、Michael Cooper もソロ活動のためバンドを脱退し、一方の対立軸であったLouis A. McCall Sr. もプロデューサーに転身するため脱退してしまう。こうしてオリジナルメンバーによる Con Funk Shun としての活動及びレコーディングは休止状態となり、グループは Mercury Records を去った後の1987年解散に至る。

▼「Burning Love」13thアルバム
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グループ解散後、Felton Pilate は M.C. Hammer とその個人レーベルである Bust-It Records 所属のレコードプロデューサー兼音楽ディレクターとなる。このレーベルにおいて M.C. Hammer の3rdアルバム「Please Hammer Don't Hurt 'Em」や1990年にアルバム「Take It to the Floor」でデビューした New Jack Swing/Urban R&B 5人組バンド「Special Generation」の作品など何枚かのアルバム制作に携わった。特に M.C. Hammerのヒット作「U Can't Touch This」の共同プロデューサーとして1991年グラミー賞にノミネートされるとともに、映画「Addams Family」のサウンドトラック収録曲「Addams Groove」でも1992年オスカー賞にノミネートされるなど、大きな活躍を見せた。

また、リードシンガーであった Michael Cooper は1987年に Warner Bros. Records からソロデビューアルバム「Love Is Such A Funny Game」をリリースし、その後も Warner Bros. Records の姉妹レーベル Reprise Records から1989年に「Just What I Like」、1992年に「Get Closer」をリリースするなど、ソロアーティストとして活躍した。

一方、元祖メンバーでもある Louis A. McCall Sr.は1997年6月25日、ジョージア州ストーンマウンティンの自宅で侵入してきた強盗に殺害されており、未だ未解決事件となっている。享年45歳であった。

1990年代に入るとリードシンガーであった Michael Cooper と Felton Pilate は他のオリジナルメンバーをいわゆる Sidemen と呼ばれるプロのサポートミュージシャンに入れ替えて Con Funk Shun を再結成し、演奏活動を再開する。時には Con Funk Shun のオリジナルメンバーであったブラス担当の Paul Harrell(sax/flute)と Karl Fuller(trumpet)が参加することもあったが、以前のような Louis A. McCall, Sr.(drums)、Danny Thomas(keyboards)、Cedric Martin(bass)による伝説的なリズムセクションの強固さは失われたと評価されている。

▼ Con Funk Shun(2015年)
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Michael Cooper (Lead vocals, guitar, keys)(写真:前列中央)
Felton Pilate (Lead vocals, trombone, keys)(写真:後列中央左)
EQ/Eric Young (bass)
Karl Fuller (trumpet, flugelhorn)(写真:前列右)
KC/Kurt Clayton (keys, vocals)
Ron Moton (sax, vocals)
Brian Collier (drums)

再構成されたグループは、長年のバンド仲間であった Paul Harrell と Karl Fuller に言及しないよう、敢えて「Con Funk Shun, featuring Michael Cooper & Felton Pilate」として国内のオールドスクールコンサートや音楽祭に今なお参加している。

こうした中、2015年4月28日、オリジナルメンバーである Michael Cooper、Felton Pilate、Karl Fuller の3人が参加して Con Funk Shun としてインディーズレーベルである Shanachie Records からアルバム「More Than Love」をリリースしている。

▼「More Than Love」
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■ メンバー
◆ Michael Cooper(rhythm guitar/lead vocals)(写真:前列中央左)
◆ Karl Fuller(trumpet)(写真:前列中央右)
◆ Paul "Zebulon" Harrell(saxophone/flute)(写真:後列左)
◆ Cedric Martin(bass guitar)(写真:前列右)
◆ Louis A. McCall, Sr.(drums, vocals)(写真:前列左)1997年6月25日死去
◆ Felton Pilate(trombone/lead vocals)(写真:後列右)
◆ Danny "Sweet Man" Thomas(keyboards)(写真:後列中央)

▼ Con Funk Shun のメンバー
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「Con Funk Shun」を素材として二次利用しています。


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Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
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