FC2ブログ

2020-05

The Isley Brothers 「The Heat Is On」

The Isley Brothers 「The Heat Is On」■ アルバムデータ
タイトル:The Heat Is On
アーティスト:The Isley Brothers
リリース:1975年6月
レーベル:T-Neck Records / Epic Records

アルバム総評価:97
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Fight the Power (Part 1 & 2)  ★★★★★  youtube02
02  The Heat Is On (Part 1 & 2)★★★★☆youtube02
03  Hope You Feel Better Love (Part 1 & 2)          ★★★★★youtube02
04  For the Love of You (Part 1 & 2)★★★★★youtube02
05  Sensuality (Part 1 & 2)★★★★★youtube02
06  Make Me Say It Again Girl (Part 1 & 2)★★★★★youtube02


■ 講評
今回紹介するアルバム「The Heat Is On」は、アメリカのソウル・ファンクグループである The Isley Brothers が1975年に T-Neck Records / Epic Records からリリースした13thスタジオアルバムである。全6曲を収録しており、2001年の再リリース版には「Fight The Power」のライブヴァージョン (Bearsville Studios 収録)がボーナストラックとして収録されている。

アルバムデザインは Ed Lee、フォトグラフは Columbia records の専属音楽フォトグラファーとして知られた Don Hunstein が担当。

全曲グループによる作曲・プロデュースで、1975年にカリフォルニア州バーバンクにある Kendum Recorders でレコーディング、カリフォルニア州ロサンジェルスにある Westlake Audio でエンジニアである Kent Duncan によりミキシングが行われた。

レコーディングでは、ギター、ピアノ、シンセサイザーなど様々なアコースティックとエレクトリックな楽器を駆使し、シンセサイザーのプログラミングはエンジニアである Malcolm Cecil と Robert Margouleff が担当。Malcolm Cecil と Robert Margouleff は共同プロデューサーとしても名を連ねている。ちなみに Malcolm Cecil と Robert Margouleff の二人は、Stevie Wonder の「黄金の三部作」と言われる1972年リリースの15thアルバム「Talking Book」、1973年リリースの16thアルバム「Innervisions」、1974年リリースの17thアルバム「Fulfillingness' First Finale」の共同プロデューサーも務めている。

また、1969年に新たに加入したメンバーである Chris Jasper が Keyboard、Synthesizer を、Marvin Isley が Bass を、Ernie Isley が Guitar、Drums を担当している。

主にファンクとソウル色を打ち出しながらもクワイエット・ストームとロックミュージックの要素を取り入れたサウンドとなっており、特にロックミュージックの要素は、かつてグループのバンドメンバーであった Jimi Hendrix のギターに影響を受けた Ernie Isley のパフォーマンスによるところが大きい。レコード盤のA面にアップテンポでタフなファンクナンバー、B面にやわらかでロマンティックなスムースソウルバラッドをバランスよく配した1970年代のグループの成功を象徴するアルバムとなっている。こうしたアルバムの制作手法は、1973年にリリースされ6人体制におけるサウンドの基礎となった10thアルバム「3 + 3」で示されたグループ過渡期のサウンドをさらに進化させたものとして捉えられている。

本作はリリース初月に50万枚を売り上げ、1975年6月14日のチャートインから40周連続で U.S. Billboard Pop Albums chart にランクインし、グループが初めて U.S. Billboard アルバムチャートで第1位を獲得したアルバムとなった。当時黒人バンドが U.S. Billboard Pop Albums chart で第1位を獲得することは非常に稀な偉業と見なされており、その他の黒人バンドで第1位を獲得したのは同世代のファンクバンドである The Ohio Players と Earth, Wind & Fire ぐらいであった。なお本作は Billboard Top R&B/Black Albums chart でも第1位を獲得している。

また、リリース当初から「The Village Voice」、「Melody Maker」、「Rolling Stone」などの音楽誌で好評価を得て、その後音楽評論家からも The Isley Brothers の最高作品であると高い評価を得た。

1999年には、200万枚の出荷によりアメリカレコード協会(RIAA:Recording Industry Association of America)からダブルプラチナアルバムの認定を受けている。

▼「The Heat Is On」
画像


▼「The Heat Is On」CDジャケット裏面
画像


▼「The Heat Is On」インナーシート
画像


画像



「The Heat Is On」からはアルバム冒頭の収録曲で怒涛のファンクミュージック「Fight the Power (Part 1 & 2)」とメロディアスなソウルバラッド「For the Love of You (Part 1 & 2)」の2曲がシングルリリースされている。このうち「Fight the Power (Part 1 & 2)」は、アメリカ国内で人種差別に苦しむ自分たち黒人(あるいは権力者の政策に苦しむ弱者)を取り巻く状況や、その状況を半ば諦めてしまっている人々の事を歌いつつ、彼らに対して「君は時の権力者と戦わないといけない」と訴えかける内容となっており、評論家からは「今までの The Isley Brothers の作品の中で最もあからさまに政治色の強い楽曲」と評された。

「Fight the Power (Part 1 & 2)」は、U.S. Billboard Club Play Singles chart で最高第2位を、「For the Love of You (Part 1 & 2)」は U.S. Billboard Pop Singles で最高第22位を記録。その他、収録曲である「Fight the Power」や「For the Love of You」は、Slick Rick、Common、Masta Ace といった次世代のヒップホップアーティストにサンプリング音源として幅広く使用されている。

▼「Fight the Power (Part 1 & 2)」Portugal盤
画像


▼「Fight the Power (Part 1 & 2)」Germany盤
画像


▼「Fight the Power (Part 1 & 2)」日本盤
画像


▼「For the Love of You (Part 1 & 2)」
画像



The Isley Brothers と言えば兄弟によるソウルファンクグループとして知られたグループであるが、特に6人構成であった時期のアルバムが高い評価を受けている。中でも11thアルバム「3 + 3」から14thアルバム「Harvest for the World」あたりの作品がグループが最も充実した時期のアルバムとして日本でも人気が高いようだ。

The Isley Brothers は、コアなファンクからポップテイストな R&B まで、またリズミックなダンスミュージックからメロディアスなラブバラッドまで、幅広い音楽ジャンルのエッセンスを融合した非常に変化に富んだ楽曲を聴かせてくれるグループであり、特に6人体制になってからはホーンセクションを持たず Ernie Isley のソリッドなギタープレイが強烈な印象を与えるソウル・ファンクグループとなった。ホーンセクションを持たないことでこの当時流行していたディスコサウンドの潮流とも一線を画しており、ロックテイストでディープなファンクサウンドが印象的な当時としては珍しく硬派なサウンドイメージのグループでもあった。

今回紹介するアルバム「The Heat Is On」も、前半のソウルファンク色が強いヘビーなサウンドと後半のメロディアスでメロウなソウルバラッドのバランスが絶妙なアルバムとなっており、全6曲と収録曲の数は少ないものの、いずれも5分を超える大作で非常にボリューム感溢れる充実した内容となっている。このアルバムから演奏を全て自分たちでこなしていることも見逃せないポイントだ。

「The Heat Is On」は、6人組となって3枚目となるアルバムということもあって、兄弟ならではの息のあったヴォーカルと臨場感溢れる演奏でグループ独特なファンキーさを醸し出しているが、この時代にグループがリリースしたアルバムは、アルバムの中に占める R&B 色とファンク色のバランスがアルバムによって大きく異なることでアルバムごとのカラーが特徴付けられており、そのカラーによってリスナーのお気に入りのアルバムも違ってくるようである。その意味で「The Heat Is On」はちょうど中庸なバランスの良さを感じさせるが、個人的には次作となる14thアルバム「Harvest for the World」のよりポップテイストでメロウなアルバムカラーも捨て難いところだ。機会があればぜひ何枚か聴き比べてその違いを実感していただければ幸いである。

なお、このアルバムがリリースされた1975年は、アメリカではウォーターゲート事件により Richard Nixon が大統領を辞職し大統領の権威と政治に対する信用が失墜するとともに、ベトナム戦争がようやく終結するなど、まさに激動の時代であり、映画でも「Jaws」や「The Towering Inferno」などいわゆるパニック映画がヒットするなど混沌とした時代でもあった。そうした時代背景を踏まえてアルバムを聴くと、このアルバムが Billboard 200 の第1位を獲得した理由も何となく理解できるような気がする。「The Heat Is On」は、そんな時代に対する反骨と慈悲に満ちた The Isley Brothers を代表する名盤である。

▼ The Isley Brothers
画像




The Isley Brothers(アイズレー・ブラザーズ)はアメリカオハイオ州シンシナティ出身のソウル・コーラス・グループ、ヴォーカル&インストルメンタルグループである。ファンクバンドとしてもよく知られており、O'Kelly Isley, Jr.、Rudolph(Rudy)Isley、Ronald(Ronnie)Isley のヴォーカルトリオが結成当時のオリジナルメンバーとなっている。

グループの波乱万丈なキャリアから、アメリカのポピュラーミュージック界で「最も長く、最も影響力があり、最も多様なキャリアを謳歌したグループ」としても知られており、長いキャリアからある種レジェンド的な存在となっている。

1954年にヴォーカル・グループとして結成。4男である Vernon を加えて、Vernon が若くして亡くなるまでの2年間は兄弟4人でゴスペルミュージックを演奏していた。

Vernonの死後、ニューヨーク市に移動。活動初期と言われる1957年から1966年の間は、チャートインするヒット曲を送り出すなどまずまずの成功を収める。中でも1959年に3人の兄弟で作曲した4枚目のシングル「Shout」が最終的に100万枚を超える売上げを記録するグループ最初のヒット曲となった。

その後グループは、1962年に Wand Records から The Beatles のカバーでも有名な「Twist and Shout」、Motown Records から1966年にリリースした「This Old Heart of Mine (Is Weak for You)」、グループが設立した自主レーベル T-Neck Records から1969年にリリースしたグラミー賞受賞曲「It's Your Thing」など、様々なレーベルから The Billboard Hot 100 TOP20 にヒットシングルを送り込んだ。

1960年代半ばには、当時まだ無名だったギタリスト Jimi Hendrix をツアー・メンバーに加え、ステージだけではなく、レコーディングにも参加させている。このことは、後にギタリストとして The Isley Brothers のメンバーとなる Ernie Isley のサウンドに多大な影響を与えることとなった。

こうして The Isley Brothers は、最初はゴスペルとドゥーワップミュージックから影響を受けたグループであったが、ポップバラッドと同様ロックやファンクミュージックの要素を取り込んだ独自の音楽スタイルを構築し始めることになる。

そして1969年には、兄弟の中でも年齢の若い Ernie Isley(lead guitar, drums)と Marvin Isley(bass guitar)、また Rudolph の義理の兄弟である Chris Jasper(keyboards, synthesizers)の3人が新たにバンドメンバーに加わり、ヴォーカルトリオから6人編成のファンク・グループとして活動を開始する。その後10年の間に兄弟によるレコーディングアルバムとして最大のセールスを記録した「The Heat Is On」(1975年)、「Between the Sheets」(1983年)をリリースするなど、今なおサンプリングやカヴァーが行われる傑作群を生み出す。

しかしながらアルバム「Between the Sheets」をリリース後に CBS レコードとグループ側の評価の相違や、中途参加メンバーのグループ内での評価に対する不満により、バンドメンバーが分裂。 中途参加メンバーである Ernie、Marvin、Chris Jasper の3人は ショートライヴを行う派生バンド Isley-Jasper-Isley を結成する。しかし、彼らはアルバムを3枚残しただけで、1980年代末には自然消滅してしまう。

一方、オリジナルメンバーの3人は The Isley Brothers を継続させるが、最も年上のメンバーであった O'Kelly が1986年に心臓発作により急逝(48歳没)。その後 Rudolph と Ronald はデュオとして2枚のアルバムをリリースするが、その Rudolph も聖職に就くために1989年にグループを脱退してしまう。このメンバーが減り続ける期間から女性シンガーの Angela Winbush がグループをサポートしており、公私共に Ronald Isley を支える存在となる。1989年リリースの「Spend the Night」は「The Isley Brothers featuring Ronald Isley」名義であり、実質 Ronald のソロ・プロジェクトとなった。

2年後の1991年、Ronald は一旦は離脱した Ernie と Marvin とともにグループを再結成するが、5年後の1996年には Marvin が糖尿病の合併症により両足を切断したため1997年に活動を離脱(2010年死去)。

残された Ronald と Ernie のデュオは2001年にリリースした Billboard Hot 100 TOP20 入りした「Contagious」を収録するアルバム「Eternal」と2003年にリリースしたアルバム「Body Kiss」のヒットにより、ミュージックシーンにおけるメインストリームとしての地位を固めることに成功した。ちなみに「Isley Brothers Featuring Ronald Isley AKA Mr. Biggs」名義の「Contagious」が Billboard Hot 100 にチャートインすることで、1950年代から2000年代まで6つの西暦10年代(decade)連続で Billboard のシングルチャートに登場した史上初のアーティストとなった。

しかしながら2005年、ボーカルの Ronald Isley が長年の所得の脱税、また確定申告漏れの罪計6件により逮捕・起訴され、2006年9月、弁護側は Ronald の健康不安を理由に執行猶予を訴えたが、懲役3年1ヶ月と罰金310万ドルの刑が確定。インディアナ州の連邦矯正施設に収監されたため、グループは事実上の活動停止状態となっていたが、2010年4月13日、 Ronald が出所。これに伴い、彼は同年5月から出所後初のツアーを行っており、現在 The Isley Brothers は Ronald と Ernie のデュオグループとしてアルバムをリリースするなど活動を継続し、若手とのコラボレーション等も盛んに行っている。

なお、The Isley Brothers は、グループのキャリアを通じて4曲のシングルが U.S.Billboard chart TOP10 入り、16枚のアルバムが TOP40 入りしており、このうち13枚のアルバムがアメリカレコード協会(RIAA)によりゴールドディスク、プラチナディスク、マルチプラチナディスクのいずれかに認定されている。

またグループとして1992年にロックの殿堂入り(The Rock and Roll Hall of Fame:アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド市にある博物館でロックに大きな影響や功績を残したミュージシャンやプロデューサーなどの記録が展示、保存されている。)を始めいくつかの音楽関係機関から栄誉を受けており、5年後の1997年には Hollywood の RockWalk に名が刻まれるとともに、2003年にはヴォーカルグループの殿堂入り(The Vocal Group Hall of Fame:アメリカ合衆国ペンシルバニア州シャロンに設置されているヴォーカルグループ殿堂博物館でヴォーカルグループとして大きな影響や功績を残したグループの記録が展示、保存されている。)も果たしている。

▼ The Isley Brothers
画像




The Isley Brothers は、アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティの出身で、同州 Hamilton 郡の Lincoln Heights 郊外で育ち、10代の頃は同郡の Blue Ash 近郊を拠点に生活していた。元アメリカ海軍の水兵でボードビル(寄席演芸)のパフォーマーであった父親の O'Kelly Isley, Sr.と母親の Sallye の間に生まれた Isley 家の年長の4兄弟で教会で歌を唄ったのがグループの始まりとされる。

Billy Ward and his Dominoes や The Dixie Hummingbirds といったグループを模して1954年に音楽活動を開始。Ted Mack が司会を務める「Amateur Hour」に出場し見事勝ち抜き優勝して注目を浴びる。間もなく Vernon をリードヴォーカルのとした4人組グループとしてアメリカ東部全域の教会で演奏活動を展開するが、Vernon が13歳の時、自宅近くで自転車に乗っていたところを車に轢かれて死去。精神的に打ちのめされた他の3人の兄弟はバンドを解散することになった。

その後グループを再結成することを決意し、1957年にポピュラーミュージックによるレコーディングのため、両親からの援助を受けてシンシナティからニューヨークに拠点を移す。Ronald がリードヴォーカルを担当することとして、グループは Richard Barrett と接触。Richard Barrett は直ぐにニューヨークの様々なレコードプロデューサーにコンタクトを取り、レコードプロデューサー、プロモーターである George Goldner によるプロデュースにより Teenage、Cindy、Mark X といったレコードレーベルからグループ初となる楽曲「Angels Cried」や「The Cow Jumped Over the Moon」などのシングルをリリースするが、これらの楽曲は地方でしかヒットしなかった。

1959年、グループは RCA Records と契約。それ以降ゴスペルのヴォーカルとドゥーワップのハーモニーというグループの特色を織り交ぜ、グループ初の自作曲となる「Shout」をレコーディングする。この楽曲は Washington, D.C. にあるクラブでの公演用に制作された楽曲で、ソウルシンガーソングライターである Jackie Wilson の「Lonely Teardrops」に応えてコールアンドレスポンスしたカヴァー曲であり、Billboard Hot 100 最高第47位を記録したが R&B chart にランキングされることはなかった。それでも100万枚以上を売り上げ、アメリカレコード協会(RIAA)によりゴールドディスクに認定される。続いて数枚のシングルをリリースしたがいずれもチャートを賑わせることはなく、結果的に1961年 RCA Records を去り、Scepter Records と契約することになる。

▼ The Isley Brothers(1959年当時)(左から Kelly, Ronald, Rudolph)
画像



1962年、Bert Berns が作曲した「Twist and Shout」で Billboard Hot 100 最高第17位を記録して初の TOP40 入りを果たすとともに R&B chart でも第2位、19週連続チャートインを記録。この楽曲は1963年に The Beatles がカヴァーしたことでも知られているが、最初にこの曲をリリースしたのは意外にも The Isley Brothers ではなく、Atlantic Records に所属していた Top Notes というグループであり、1961年に Phil Spector のプロデュースでリリースしたのが最初である。

この後、グループは全事業の拠点をニュージャージー州に移し、1964年に自主レーベルである T-Neck Records を設立する。時期を同じくして後に天才ギタリストとして多くのミュージシャンに多大な影響を与えたロックミュージックのパイオニアの一人 Jimi Hendrix がグループのバンドのリードギターに参加する。こうして Jimi Hendrix 参加の下 T-Neck Records 唯一のシングルとなった「Testify」をレコーディングする。後に Jimi Hendrix はグループのシングル曲「Move On Over and Let Me Dance」のギターも務めることになるが、この楽曲は Atlantic Records からのリリースとなった。残念ながらいずれの楽曲もチャートを賑わせることはなく、1965年に Jimi Hendrix はツアーバンドを離脱。その後グループは Motown Records と契約する。

1966年、「This Old Heart of Mine (Is Weak for You)」が Billboard Top 100 第12位を記録し、グループとして2度目の TOP40 入りを果たす。こうして Motown Records 移籍後に一定の成功を収めたものの、Billboard のシングルチャート TOP40 入りするような大ヒットには恵まれず、1968年には Motown Records を去ることになる。

▼ The Isley Brothers(1963年当時)(左から Kelly, Ronald, Rudolph)
画像



1968年、休止状態であった T-Neck Records を復活させるとともに、Buddah Records とレコード販売契約を締結。1969年2月に「It's Your Thing」をリリースする。楽曲冒頭の Ernie Isley のベースが印象的な「It's Your Thing」は、Billboard Hot 100 第2位、R&B chart 第1位を記録するグループ最大のヒットとなった。この楽曲を収録した6thアルバム「It's Our Thing」は Billboard 200 第22位を記録し、「It's Your Thing」も200万枚を売り上げグラミー賞を獲得する。しかしながら「It's Your Thing」のリリースを巡って Motown Records がこの楽曲がレコーディングされた時期、グループはまだ Motown Records との契約下にあったと主張して The Isley Brothers と Motown Records との間で訴訟問題が発生。結果的に1975年の判決により The Isley Brothers の勝訴が決定している。

1971年から若手の兄弟である Ernie Isley と Marvin Isley、義理の兄弟である Chris Jasper がバンドに参加しバンドの音楽に新たな要素が加わることになった。その演奏が加わった最初のアルバムとなる9thアルバム「Givin' It Back」では、ロックにファンクでゴスペル指向の要素を融合させ、新たな解釈によるロックサウンドを展開した。こうして新たに加入した3人は1972年にリリースした10thアルバム「Brother, Brother, Brother」でより大きな役割を果たすことになり、これらのアルバムから「Love the One You're With」と「Pop That Thang」という2曲の TOP40 入りシングルを生み出した。1973年、Buddah Records との契約が終了した後、グループは Epic Records と契約し、新メンバーの Ernie、Marvin、Chris の3人が正式にメンバーとなる。

1973年、Billboard Hot 100 第6位を記録した「That Lady」、UK Singles chart 第16位を記録したカヴァー曲「Summer Breeze」を収録した11thアルバム「3 + 3」をリリース。フォークとソウルフルなバラッドに加えてハードロックとフォークロックが合体したサウンドで200万枚以上を売り上げる大ヒットとなった。

▼ The Isley Brothers(1978年当時)
画像



翌1974年にリリースした12thアルバム「Live It Up」はゴールドディスクに認定。1975年には「Fight the Power」、「For the Love of You」を収録してグループで最も成功したアルバムとなる13thアルバム「The Heat Is On」をリリースし、グループ初となる Billboard 200 第1位を獲得するとともに、200万枚以上を売り上げてダブルプラチナディスクに認定される。更に1976年に14thアルバム「Harvest for the World」、1977年に15thアルバム「Go for Your Guns」、1978年に16thアルバム「Showdown」と立て続けにゴールドディスクやプラチナディスクに認定されたヒット作をリリースし、Billboard Top 100 の TOP40 入りする数々のヒットシングルを世に送り出した。

1979年リリースの17thアルバム「Winner Takes All」以降、ディスコミュージックやクワイエット・ストームミュージック(Quiet storm:ブラックミュージックの一つに含まれ、メロウな音程・落ち着いたリズム・落ち着いたテンポの特徴を併せ持つ音楽ジャンル)を作品に取り入れるようになる。6人編成のグループとしては最後となる22thアルバム「Between the Sheets」を1983年にリリースし、200万枚以上を売り上げる。それ以降、グループ内における報酬上の争いや創作上の問題等様々な問題がメンバーに不協和音をもたらし、「Between the Sheets」の成功後間もなく、新規に加入した Ernie、Marvin、Chris の3人がグループを脱退し、新たに Isley-Jasper-Isley を結成することになる。なお Isley-Jasper-Isley は後に3枚のアルバムをリリースし「Caravan of Love」というヒット曲を含む6枚のシングルをリリースするが、1988年には解散に至っている。

▼ Isley-Jasper-Isley(左から Ernie, Chris, Marvin)
画像



1985年、オリジナルメンバーである Kelly、Rudolph、Ronald による The Isley Brothers は、Warner Bros. Records と契約し、23thアルバム「Masterpiece」をリリースするが、そのリリース後も間もない1986年3月に Kelly Isley が癌の闘病中心臓発作で死去する。残された Rudolph、Ronald の二人は 1989年に R&B/soul シンガーソングライターの Angela Winbush プロデュースによる24thアルバム「Smooth Sailin'」を、また1989年に25thアルバム「Spend the Night」をリリースする。このアルバムリリース後間もなく、Rudolph が音楽業界から引退し、聖職者としての人生を送ることになる。1990年、残された Ronald は、暫くの間 The Isley Brothers として実質的にはソロでレコーディングを行う。

▼ The Isley Brothers(1985年当時)(左から Kelly, Ronald, Rudolph)
画像



1991年、離脱していた Ernie Isley と Marvin が復帰しグループを再結成。翌1992年に26thアルバム「Tracks of Life」をリリースする。その5年後、Ronald Isley は、The Isley Brothers をフィーチャーした R. Kelly のヒット曲「Down Low (Nobody Has to Know)」の映画仕立てのミュージックビデオの中で悪役 Frank Biggs (Mr. Biggs) 役で登場し人気を得る。この楽曲とミュージックビデオの成功により、1996年に Island Records からリリースした27thアルバム「Tracks of Life」はプラチナディスクに認定された。

同年、Marvin Isley は糖尿病の合併症により両足を切断、やむなくグループを離脱することになる。その後 Ronald と Ernie は、デュオとして活動を継続し、2001年に Billboard Hot 100 第19位を記録したヒット曲「Contagious」を収録し200万枚以上を売り上げたグループ年間売上最高枚数を記録した28thアルバム「Eternal」を DreamWorks Records からリリースする。これにより The Isley Brothers は、1950年代から2000年代まで6つの西暦10年代(decade)連続で Billboard のシングルチャートに登場した史上初のアーティストとなった。

2年後の2003年、29thアルバム「Body Kiss」を DreamWorks Records リリースし「The Heat Is On」以来2度目となる Billboard 200 の第1位を獲得する。その後2006年に Def Jam Recordings から30thアルバム「Baby Makin' Music」、2007年に31thアルバム「I'll Be Home for Christmas」をリリース。

2007年、Ronald Isley が脱税による禁固刑で3年間の服役したことによりグループの活動は中断。2010年に刑期を終えて出所する。同年6月、グループを離脱して長い間糖尿病との闘病生活を送っていた弟の Marvin Isley がシカゴで死去。グループとしての活動休止期間中、Ernie は 故 Jimi Hendrix の音源を管理する Experience Hendrix 主催のコンサートフェスティバルの一環としてツアーに参加する一方、Ronald Isley は2010年1stソロアルバム「Mr. I」をリリースする。

2011年、Ronald と Ernie はグループ活動を再開し、ツアー活動などを継続して現在に至っている。ちなみに Chris Jasper はソロアーティスト、プロデューサーとして活動を継続しており、自分の独立系レーベル Gold City Records を設立。Isley-Jasper-Isley の解散後も10枚のソロアルバムをリリースしている。

(出典:「The Isley Brothers」(21 December 2015 11:20 UTC) 『Wikipedia英語版』他)

▼ The Isley Brothers(2006年当時)(左:Ronald 右:Ernie)
画像




■ メンバー
Ronald Isley (1954年-現在)(写真:中央下)
O'Kelly Isley(1954年-1985年)1986年死去(写真:右下)
Rudolph Isley(1954年-1989年)(写真:左下)
Vernon Isley (1954年-1955年)1955年死去
Ernie Isley (1973年-1983年,1991年-現在)(写真:中央上)
Marvin Isley (1973年-1983年,1991年-1997年)2010年死去(写真:左上)
Chris Jasper (1973年-1983年)(写真:右上)
※( )内は在籍期間

▼ The Isley Brothers のメンバー
画像




■ アルバムリリースノート
ロック感覚を盛り込んだ彼ら流ファンクを完成させ、メジャーでの地位を確立した、1975年発表の傑作アルバム。

前半は粘り気たっぷりの重量級ファンク、後半は滴るような極甘バラードで構成。絶頂期のパワーに満ちあふれた内容となっている。聴きどころは、大ヒットシングルの<1>や、アイズレーファンクの真髄を感じさせる、タイトル曲<2>の濃厚な黒いグルーヴ。クワイエット・ストーム系の元祖といえる、名バラード<4>の美しさもたまらない。

今作から、演奏すべてを彼ら自身で行っている。長きにわたる彼らの歴史のなかでも、重要な位置を占めるアルバムだ。- Amazon(川島うどん)

▼ The Isley Brothers
画像



*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「The Isley Brothers」を素材として二次利用しています。


love3  参考になったという方はぜひこちらをポチッとお願いします。



スポンサーサイト



  

● COMMENT FORM ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://758ongakudohonpo.blog.fc2.com/tb.php/244-984d497d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

The Isley Brothers 「Harvest for the World」 «  | BLOG TOP |  » gomes 「ストラップシューズ」

プロフィール

香山蔵之介

Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
Life is music. Music is life.
Let's enjoy music for your wonderful life.

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

邦楽(あ行) (32)
邦楽(か行) (25)
邦楽(さ行) (31)
邦楽(た行) (12)
邦楽(な行) (10)
邦楽(は行) (25)
邦楽(ま行) (5)
邦楽(や行) (11)
邦楽(ら行) (9)
邦楽(わ行) (2)
洋楽(あ行) (19)
洋楽(か行) (10)
洋楽(さ行) (29)
洋楽(た行) (11)
洋楽(な行) (0)
洋楽(は行) (18)
洋楽(ま行) (4)
洋楽(や行) (1)
洋楽(ら行) (14)
洋楽(わ行) (1)
洋画(か行) (2)
洋画(は行) (1)
アート (6)
文化 (13)
ファッション (1)
グルメ (7)
PC (1)
健康 (1)
BLOG (3)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

アクセス数

オンライン数

現在の閲覧者数:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログランキング

ブログランキング参加中


ブログランキング参加中

Please Click !