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2020-05

Al Jarreau 「Jarreau」

Al Jarreau 「Jarreau」■ アルバムデータ
タイトル:Jarreau
アーティスト:Al Jarreau
リリース:1983年
レーベル:Warner Bros. Records

アルバム総評価:96
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Mornin'  ★★★★★  youtube02
02  Boogie Down★★★★★youtube02
03  I Will Be Here for You (Nitakungodea Milele)      ★★★★★youtube02
04  Save Me★★★★★youtube02
05  Step by Step★★★★★youtube02
06  Black and Blues★★★★☆youtube02
07  Trouble in Paradise★★★★★youtube02
08  Not Like This★★★★☆youtube02
09  Love Is Waiting★★★★★youtube02


■ 講評
今回紹介するアルバム「Jarreau」は、Al Jarreau が1983年に Warner Bros. Records からリリースした6thスタジオアルバムである。

全9曲収録のアルバムで、プロデューサーは George Benson や The Manhattan Transfer など主にポップスやフュージョン系のミュージシャンのプロデュースで名を馳せた名音楽プロデューサー Jay Graydon が担当している。

ホーンアレンジは Jerry Hey(#2,#7,#9)が、リズムアレンジは Al Jarreau(#5,#6,#9)、David Foster(#1,#4)、Greg Mathieson(#7)、Jay Graydon(#1,#3-#7,#9)、Michael Omartian(#2)、Tom Canning(#5,#6,#9)が、またストリングスアレンジは Jeremy Lubbock(#1,#8)が担当している。

バックミュージシャンの顔ぶれも豪華で、Jay Graydon ファミリーとも言える David Foster(Composer, Piano)、Chicago のメンバーである Bill Champlin(Vocals)、TOTO のメンバーである Jeff Porcaro(Drums,Percussion)、Steve Porcaro(Synthesizer Program)、Pages のメンバーである Richard Page(Composer, Vocals)、Steve George(Composer, Synthesizer)などが参加している。

本作は、Al Jarreau として the Billboard Jazz charts で連続第1位を獲得した3枚目に当たるアルバムになるとともに、the R&B album charts 第4位、the Billboard 200 第13位を記録。

また、1984年にグラミー賞にノミネートされるとともに、プロデューサーを務めた Jay Graydon も Producer of the Year(Non-Classical)部門でノミネートされている。ちなみにこの年 Producer of the Year(Non-Classical)部門でグラミー賞に輝いたのは Michael Jackson と Quincy Jones であった。

「Jarreau」はセールス的にも成功し、2001年にアルバムはアメリカレコード協会(RIAA:Recording Industry Association of America)からプラチナディスクに認定された。

▼「Jarreau」ジャケット
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▼「Jarreau」ジャケット裏面
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▼「Jarreau」インナーシート
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アルバムからは「Boogie Down」、「Mornin'」、「Trouble In Paradise」の3曲がシングルリリースされており、「Boogie Down」は The Billboard Hot 100 第77位、R&B Singles Chart 第9位を、「Mornin'」は The Billboard Hot 100 第21位、R&B Singles Chart 第6位、Adult Contemporary Chart 第2位を、「Trouble In Paradise」は The Billboard Hot 100 第63位、R&B Singles Chart 第66位、Adult Contemporary Chart 第10位を記録している。

▼「Boogie Down」UK 盤
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▼「Boogie Down」Germany 盤
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▼「Boogie Down」Italy 盤
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▼「Mornin'」
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▼「Trouble In Paradise」
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なお、日本リリース盤の帯には「ミルキー・モーニングに爽やかなスキャットがこだまする。ジェイ・グレイドンの強力なサポートを得て、アル・ジャロウのあふれる才能がまぶしくきらめく!!」と記されていた。

また、アルバムジャケットのポートレートは、Kiss、Carly Simon、Rickie Lee Jones などのアルバムカヴァーアートでも知られる南アフリカ ヨハネスブルグ出身の有名フォトグラファー Norman Seeff の作品である。

▼ Al Jarreau
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Al Jarreau(アル・ジャロウ、Alwyn Lopez "Al" Jarreau、1940年3月12日生)はアメリカのジャズ・ボーカリストである。ポップ分野でも活躍して日本でも広く知られたヴォーカリストでもある。

広い声域に、ソフトかつ伸びやかな歌声と卓越したボーカル・テクニックを持ち、中でもスキャット、ヴォーカルバス、ヴォーカルパーカッションでは特技ともいえるほど優れた個性を確立している。

ウィスコンシン州ミルウォーキー出身で6人兄弟の5番目の子供として Reservoir Avenue という地区で育つ。父親は1800年代後半にアメリカの再臨待望運動から起こった教団セブンスデー・アドベンチスト教会の聖職者でシンガーであり、母親は教会のピアニストであった。Al Jarreau は4歳の頃から家族とともに教会のコンサートで歌って利益を得て、母親と共に PTA の会合にも出演して歌を披露していた。

学生時代は生徒会の会長も務めるとともに、Badger Boys State というユースプログラムの Lincoln High School 代表にも選出されるなど優等生であった。ウィスコンシン州にある有名大学 Ripon College に進学し4人組の「the Indigos」というグループで週末や休日にシンガーとして音楽活動を行う。1962年、心理学の理学士の学位を得て卒業。

その後、職業リハビリテーションの修士資格を得るためアイオワ大学で心理学を学ぶ。卒業後の数年間はサンフランシスコでリハビリテーション・カウンセラーとして従事することになったが、そのサンフランシスコの小さなジャズクラブで George Duke が率いるジャズトリオでアルバイトをする機会を得る。この出会いが彼の生まれ持った音楽の才能が開花するきっかけとなった。

こうして1967年にはアコースティックギタリストの Julio Martinez と本格的に音楽活動を開始し、カリフォルニア州マリン郡サウサリートにある Gatsby's という小さなナイトクラブで評判を得る。この成功により Al Jarreau はその後の人生をプロのヴォーカリストとして生きていくことを決心することになる。

▼ Al Jarreau
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1968年にはジャズを彼の最初の仕事と位置付け、1969年、Julio Martinez とともにロサンジェルスに渡り、Dino's、The Troubadour、Bitter End West といった流行のジャズクラブに出演するようになる。またニューヨークにも活動を広げるようになり、そこで Johnny Carson、Mike Douglas、Merv Griffin、Dinah Shore、David Frost といったメディア業界関係者とも知り合う機会を得る。

こうして Al Jarreau はナイトクラブでの活動を、Bette Midler、Jimmie Walker、John Belushiといった将来を有望視されていた当時はまだ新人スターであったタレントたちがパフォーマンスを行う有名コメディークラブ(ショーやパフォーマンスが行われるクラブ・レストランのこと)「Improv」での演奏活動へと拡大していく。

この間、the United Church of Religious Science という宗派や the Church of Scientology という新興の宗教団体と関わりを持っていたが、ほぼ時期を同じくして作詞を始めたことにより、彼のキリスト教の精神性が自身の作品に影響を与え始めたことに気付いたため、もはやそうした団体に所属することはなくなった。

1975年、ロサンジェルスのカフェで活動中に Warner Bros. Records のスカウトの目に留まりレコーディング契約を結ぶ。こうして同年、Peter Boyle が司会を務めるアメリカ NBC の公開コメディバラエティ番組「Saturday Night Live」のファーストシーズン第13回放送で歌う機会を得る。

同年、デビューアルバム「We Got By」を Warner Bros. Records 系のレーベル Reprise からリリースする。このアルバムはアメリカ国内に止まらず世界的に大絶賛され、ドイツ版グラミー賞と言われるドイツレコード賞(現在のエコー賞の前進)で最優秀国際新人賞(Best New International Soloist)を獲得するなど国際的な評価を得た。さらに1976年リリースの2ndアルバム「Glow」でも二つ目となるドイツレコード賞を獲得している。

1977年に Warner Brothers Records から2枚組の1stライヴアルバム「Look to the Rainbow」をリリースし、初ワールドツアーも開始する。1978年、このライヴアルバムでグラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞を初受賞。1977・78年は自身のキャリア上も飛躍の年となった。

続く1979年には、1978年リリースの3rdアルバム「All Fly Home」でもグラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバム賞を受賞する。

▼ Al Jarreau
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1980年からは Jay Graydon や Nile Rodgers、Narada Michael Walden らのプロデュースの下で AOR/ブラック・コンテンポラリー路線でファン層を拡大し、ポップ分野でのヒットも生むことになる。

1980年、Jay Graydon プロデュースによる4thアルバム「This Time」をリリース。このアルバムは従来のアルバムとは異なり革新的で独創的なアレンジが特徴的で、その音作りはそれ以降のアルバム制作に大きな影響を与えた。

1981年、ヒットシングル「We're In This Love Together」を含む Al Jarreau の最も商業的に成功したアルバムの一つである5thアルバム「Breakin' Away」をリリースする。1982年には「Breakin' Away」でグラミー賞の最優秀男性ポップ・ボーカル賞と「(Round, Round, Round) Blue Rondo A La Turk」で最優秀ジャズ・ボーカル賞を、1993年には「Heaven and Earth」で最優秀 R&B ボーカルを受賞。なお、この功績によりジャズ、ポップ、R&B の3部門にまたがってグラミー賞を獲得した最初の個人となる。

1983年、6thアルバム「Jarreau」、1984年、7thアルバム「High Crime」を立て続けにリリースする。いずれのアルバムからも R&B やポップテイストなヒット曲を生み出し、国際的なスーパースターとしての地位を確固たるものとした。

1984年、シングル曲「After All」が US Billboard Hot 100 chart 第69位、The Hot R&B/Hip-Hop Songs chart 第26位を記録するヒットとなる。この楽曲は特にフィリピンでヒットした。

Al Jarreau 最後の大きなヒットは1980年代のアメリカのTV番組「Moonlighting」のテーマ曲として1987年にリリースされてグラミー賞にもノミネートされたシングル曲「Moonlighting (theme song)」である。この楽曲の作詞は Al Jarreau 自身が行っている。

Al Jarreau はチャリティー関係の活動でも知られており、1985年に USA for Africa に参加し、「We Are the World」の中で「...and so we all must lend a helping hand.」という歌詞パートのリードヴォーカルを担当するとともに、アメリカのケーブルテレビ放送局 HBO のチャリティー企画「Comic Relief」に Natalie Cole とデュエットで参加し、Joe Sterling、Mike Loveless、Ray Reach が作曲した「Mr. President」を披露している。

1990年代に入り、より聴衆と触れ合うことを目的にライヴツアーを重点的に行うことを決意し、1992年リリースの10thアルバム「Heaven and Earth」を最後にオリジナルアルバムのレコーディングから長期間遠ざかることになる。

この間、Joe Sample、Chick Corea、Kathleen Battle、Miles Davis、David Sanborn、Rick Braun、George Benson といった超一流のジャズミュージシャンととともにツアーを行うとともに、1996年にはブロードウェイのヒットミュージカル「Grease(グリース)」において Teen Angel 役で3か月間の出演を果たすという新しい経験にもチャレンジした。

▼ Al Jarreau at Hollywood Walk of Fame
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1999年には Warner Bros. Records/Reprise から Verve Music Group 傘下の GRP に移籍。以後ジャズ寄りの作品も発表するようになる。

2001年3月6日には、カリフォルニア州ハリウッドのハリウッド大通りとヴァイン通り沿いの歩道にある「Hollywood Walk of Fame」に星型のプレートが埋め込まれ、真にアメリカを代表するスーパスターの仲間入りを果たす。

2003年、Larry Baird が指揮する交響楽団とコラボレイトしてオーケストラを取り入れたコンサートを展開。

2006年にはギタリスト兼ヴォーカリストの George Benson との共作、14thアルバムとなる「Givin' It Up」を発表し、その中で自己のヒットナンバー「Mornin'」をカヴァーしている。

2010年、ブラジル出身のクロスオーバー・フュージョン・ミュージシャン Eumir Deodato のニューアルバムにゲストとして自身も作曲に関わった「Double Face」に参加している。

2010年7月23日に公演先のフランス南東部バルスロネットで呼吸障害で倒れ、病院に搬送。「重篤な状態」とも報道されたが、順調に回復し、9月には日本で元気な姿で公演も行われた。また2012年6月には肺炎と診断され、フランス公演のいくつかのコンサートをキャンセルしたが、それ以来、完全に回復して現在も広範囲にツアーを継続している。

(出典:「Al Jarreau」(20 November 2015 09:12 UTC) 『Wikipedia英語版』他)

▼ Al Jarreau
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初めて聴いた Al Jarreau のアルバムが比較的フュージョン色が強い7thアルバム「High Crime」であったため、個人的には Al Jarreau といえばジャズやブラックコンテンポラリーミュージックにカテゴライズされるミュージシャンというイメージが強いが、意外と AOR ミュージシャンと認識されることが多い。

そんな Al Jarreau の AOR ミュージシャンとしてのイメージを決定付けたのは、恐らく今回紹介したアルバム「Al Jarreau」であろう。

自身の名前を冠した意欲作であるとともに、数あるリリースアルバムの中でも傑作との呼び声も高いアルバムであるが、アルバムジャケットいっぱいにポートレートを載せるあたりにその自信の程が窺える。

全体を通してアダルトコンテンポラリーでポップテイストなサウンドが主体となっており、リズミカルでメリハリの利いたダイナミックなアレンジも印象的なアルバムである。前作となる5thアルバム「Breakin' Away」に比べても明らかに音に厚みが増したサウンドメイキングとなっている。リズミックで煌びやかなポップチューンとメロウでスローなバラッドナンバーがバランスよくラインナップされており、いかにも AOR らしい楽曲を揃えた豪華なアルバムといった印象である。

そうしたアルバムカラーに大きく影響を与えているのが、アルバムのプロデューサー Jay Graydon である。Al Jarreau は「Jarreau」を始め 1980年リリースの4rdアルバム「This Time」、1981年リリースの5thアルバム「Breakin' Away」、1984年リリースの7thアルバム「High Crime」と計4枚のアルバムについて Jay Graydon をプロデューサーに迎えているが、その中でも最も Jay Graydon らしいサウンドメイキングを感じさせるのが、この「Jarreau」である。

そのためだろうか、他の3枚のプロデュースアルバムに比べて Al Jarreau らしいヴィヴィッドさが影を潜めたような印象を受ける半面、それまでの Al Jarreau のアルバムに比べて Jay Graydon らしいソフィスティケイトされた AOR サウンドが前面に出たアルバムという印象が強くなっているようだ。いい意味でチャートを意識したプロデュースと言えるかもしれない。

ただ、そうは言ってもさすがは名プロデューサー Jay Graydon である。メロウなナンバーではしっかり Al Jarreau らしさを引き出しており、そうしたバランス感覚は見事というほかない。結果的に「Jarreau」はセールス的にも成功したことから、「Jarreau」に関しては Jay Graydon の思惑どおりの結果であったと言えるだろう。

そんなアルバムの中でも特にこれぞ Jay Graydon というアレンジとなっている楽曲が、Al Jarreau の代表曲にしてAOR の名曲と言われるアルバム冒頭の「Mornin'」である。この楽曲は Al Jarreau、David Foster、Jay Graydon が作曲し、David Foster による Electric Piano と Synthesizer の煌びやかなサウンドも印象的なメロウなポップチューンで、この楽曲により David Foster、Jay Graydon、Jeremy Lubbock(Jeremy Lubbock は Strings アレンジ)の3人が Best Instrumental Arrangement Accompanying Vocal(s) 部門でグラミー賞にノミネートされているのも頷ける素晴らしい仕上がりとなっている。

さらに Al Jarreau、Jay Graydon、Tom Canning が作曲した「Step by step」も思わず体が踊り出すようなリズミックで乗りの良いアーバンシティーポップでお気に入りの一曲である。この楽曲でも Al Jarreau、Tom Canning、Jay Graydon、Jerry Hey の4人が Best Instrumental Arrangement Accompanying Vocal(s) 部門でグラミー賞にノミネートされている。

加えてラストの「Love Is Waiting」も「Step by step」に負けず劣らずリズミックで乗りの良いアーバンシティーポップの名曲で非常に聴き応えのあるナンバーだ。

AOR ミュージシャンとしての Al Jarreau に興味があるのなら、80年代を代表する AOR の名盤であるこの「Jarreau」をぜひお薦めしたい。

▼ Al Jarreau
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■ アルバムリリースノート
本作は、圧倒的な歌唱力を持つシンガー、アル・ジャロウと名プロデューサー、ジェイ・グレイドンとのコラボによる名作。ヒット曲「モーニン」「ブギー・ダウン」も収録。1983年ロサンゼルスにて録音。- Amazon

▼ Al Jarreau
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「Al Jarreau」を素材として二次利用しています。


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Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
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