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2020-05

The Alan Parsons Project 「Vulture Culture」

The Alan Parsons Project 「Vulture Culture」■ アルバムデータ
タイトル:Vulture Culture
アーティスト:The Alan Parsons Project
リリース:1984年12月
レーベル:Arista

アルバム総評価:95
crown01《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Let's Talk About Me  ★★★★★  youtube02
02  Separate Lives★★★★★youtube02
03  Days Are Numbers (The Traveller)          ★★★★★youtube02
04  Sooner Or Later★★★★★youtube02
05  Vulture Culture★★★★★ 
06  Hawkeye★★★☆☆youtube02
07  Somebody Out There★★★★★ 
08  The Same Old Sun★★★★★ 


■ 講評
今回紹介するアルバム「Vulture Culture」は、イギリスの音楽プロジェクトである The Alan Parsons Project が1984年に Arista からリリースした8thアルバムである。レコーディングはイギリスのAbbey Road Studios で行われた。

ちなみに「Vulture」にはハゲワシ、コンドル、(弱い者を食い物にする)強欲な人間という意味があり、「ハゲワシ文化」が転じて「弱肉強食」の意味を持つらしい。

ジャケットのアートワーク(Concept、Design、Art Direction)は ICON/sume が担当。コンドルと思しき彫刻はロンドンでロック系のジェリーデザインを手掛ける The Great Frog の Gavin Riley によるアートワークである。

LP 盤のA面(CDの#1-#4)はもっぱら4分台のポップソング、B面(CDの#5-#8)は抑え気味のファンクサウンドであるアルバムタイトル曲「Vulture Culture」から弾むようなインストゥルメンタル曲「Hawkeye」まで様々な長さの曲から構成されている。

本作は UK Album Chart 第40位、Media Control Charts(Germany)第1位、US Billboard 200 第46位を記録した。

▼「Vulture Culture」
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▼「Vulture Culture」ジャケット裏面
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▼「Vulture Culture」Booklet
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アルバムからは「Vulture Culture」(ただしドイツ限定リリース)、「Let's Talk About Me」、「Days Are Numbers (The Traveller)」の3曲がシングルリリースされており、1985年初めにリリースされたリード曲「Let's Talk About Me」は、The Billboard Hot 100 第56位、ドイツ Media Control Charts 第32位を記録(アルバムは第1位)し、スイス(アルバムは第1位)とオランダ(アルバムは第2位)でも TOP40 に入るヒットを記録した。

また「Let's Talk About Me」のイントロに挿入されている「語り」はアメリカのラジオ DJ、大物メディア役員で AOR(Album Oriented Rock)の名付け親としても知られる Lee Abrams が担当しており、アルバムのクレジットは彼の名前の綴りを並び替えて「Mr. Laser Beam」と紹介されている。

「Days Are Numbers (The Traveller)」は、Billboard Hot 100 第71位、Adult Contemporary Tracks 第11位、Mainstream Rock Tracks 第30位を記録している。

▼「Let's Talk About Me」Germany 盤
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▼「Let's Talk About Me」日本盤
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▼「Days Are Numbers (The Traveller)」Germany 盤
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▼「Days Are Numbers (The Traveller)」US 盤
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▼「Days Are Numbers (The Traveller)」US 盤(12"Promo)
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当初、このアルバムは7thアルバム「Ammonia Avenue」と合わせてダブルアルバムの2枚目の LP として考えられていた。レコードを別々のアルバムとしてリリースすることが決定した後、ハードヒットドラムとダイナミクスにより、よりモダンで今風なスタジオ処理が施されている。

収録曲である「Sooner or Later」は、「Eye in the Sky」、「Ammonia Avenue」の収録曲「Prime Time」に続いてヒットを狙った第三の楽曲であると Alan Parsons 自身が語っている。

「Vulture Culture」はチャート的にしばしば Top 10入りを果たしたヨーロッパ大陸やオセアニアで成功したが、それに反して北アメリカではそれほど成功しなかった。このアルバムは The Alan Parsons Project がゴールドディスク認定(Germany)を受けた最後のアルバムとなった。

「Hawkeye」はインストゥルメンタル曲であるが、よく聴くと曲中に Abbey Road Studios の食堂で働いていた Monica という女性の「Only what's on the menu」(メニューにあるだけよ)という台詞が入っている。

なお、The Alan Parsons Project がリリースしたアルバムの中でこのアルバムにだけ常連の Andrew Powell がオーケストラアレンジに参加していない。

「Vulture Culture」は The Alan Parsons Project としてアナログ機材で録音された最後のアルバムとなった。また、前2作である「Eye in the Sky」と「Ammonia Avenue」同様、直接デジタルマスターテープにミキシングされている。

(出典:「Vulture Culture」(24 October 2015 08:03 UTC) 『Wikipedia英語版』)

▼ Eric Woolfson(左) と Alan Parsons(右)
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The Alan Parsons Project(アラン・パーソンズ・プロジェクト)は、1975年にデビューし1990年にかけて活動したイギリスのプログレッシヴ・ロックバンドである。

ボーカル担当の Eric Woolfson(1945年3月18日生-2009年12月2日没)とキーボード担当の Alan Parsons(1948年12月20日生)の2人を中心として結成され、他のメンバーはレコーディングごとに入れ替わる様々なセッション・ミュージシャンと、元 Pilot の Ian Bairnson(guitarist)、David Paton(bassist and vocalist)、Stuart Elliott(drummer)、Lenny Zakatek(vocalist)といった比較的継続して参加した準レギュラー的なバンドメンバーを併用した。「Eye in The Sky」(US 第3位)、「Don't Answer Me」(US 第15位)、「Time」(US 第15位)などのヒット曲でも知られる。

▼ Pilot
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The Alan Parsons Project という名前のとおり、あくまでもプロジェクト形式の音楽集団であることにこだわり、Eric Woolfson と Alan Parsons の二人をプロジェクトのコアメンバーとし、アルバム制作の都度入れ替わるメンバーとレギュラーの補助メンバーという構成を取るというバンドの形態をとる特徴的なメンバー構成でも知られるバンドであった。

コアメンバーである Eric Woolfson はもっぱら作曲を担当するとともにピアノも担当し、Alan Parsons はプロデューサー兼エンジニアとして活動したが、バンドのアルバム収録曲はほとんどすべて二人の共作とクレジットされており、解散に至るまでに10枚のスタジオアルバムと14枚のコンピレーションアルバム、28枚のシングルをリリースした。

▼ The Alan Parsons Project(レギュラーメンバー含む)
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Alan Parsons が Eric Woolfson と初めて出会ったのは1974年の夏、Abbey Road Studios の食堂であった。当時既に The Beatles の「Abbey Road」や「Let It Be」のアシスタントエンジニアとして活動していた Alan Parsons は、Abbey Road Studios で Pink Floyd の「The Dark Side of the Moon」のレコーディングエンジニアを担当しており、EMI Records でもいくつかのプロデュース事業も抱えていた。一方、作曲家、コンポーザーである Eric Woolfson はセッションピアニストとして活動しており、当時 Edgar Allan Poe の作品を題材にしたコンセプトアルバムの構想を抱いていた。

Eric Woolfson は Alan Parsons からの彼のマネージャーにならないかとの誘いを受け、その後 Pilot、Steve Harley、Cockney Rebel、John Miles、Al Stewart、Ambrosia、The Hollies などのミュージシャンやバンドの成功により得ることになる Alan Parsons のプロデューサー、エンジニアとしての輝かしいキャリアをマネージャーとしてバックアップすることになる。

当時 Alan Parsons は、プロデューサーとしてミュージシャンたちの意見を聞かなければならないことに、自分の作品が干渉されているという意味でフラストレーションを感じており、Eric Woolfson は、個々の映画スターよりも Alfred Hitchcock や Stanley Kubrick といった映画監督が映画のプロモーションの中心となっている映画産業の動向を倣ったアルバム作りを進めるというアイディアを発案した。Eric Woolfson は、もし映画産業が映画監督の表現手段となっているのであれば、音楽事業も十分にプロデューサーの表現手段となりうるに違いないと感じていたのである。

こうして Eric Woolfson は、自分と Alan Parsons のそれぞれの才能を結び付ける手段として、以前思い描いていた Edgar Allan Poe の作品を題材にしたコンセプトアルバムを制作することを Alan Parsons に提案し、Alan Parsons が二人で作った楽曲のプロデュースとエンジニアを行う The Alan Parsons Project が立ち上がった。

1976年、20th Century Fox Records から Project 第一弾となるアルバム「Tales of Mystery and Imagination」(邦題:「怪奇と幻想の物語~エドガー・アラン・ポーの世界」)をリリースする。このアルバムにはロックバンドである Pilot と Ambrosia の全メンバーが参加し、US Billboard 200 chart 第38位を記録する成功を収めた。収録曲「The Raven」(「大鴉」(おおがらす)の意味)は、アメリカ合衆国の作家エドガー・アラン・ポーが1845年1月29日に発表した物語詩。)はリードヴォーカルにイギリスの俳優である Leonard Whiting を起用した意欲作で、デジタルヴォコーダーを使用した最初のロックソングと言われており、Alan Parsons がその歌詞を読み上げている。

その後 The Alan Parsons Project は Arista Records と契約し、これ以降のアルバムは Arista Records からリリースされることになる。コンセプト・アルバムを主体とした作風で、コンスタントにアルバムを発表する。

プログレッシブ・ロックを彷彿とさせる壮大なスケールのサウンドでありながら、ポップで聴きやすい音楽を展開し、1970年代後半から1980年代前半にかけてグループの人気は上昇を続けることとなる。特に本国のイギリスよりも北アメリカやヨーロッパ大陸での人気が高く、意外にもイギリスでは シングルが UK Top 40、アルバムが TOP 20 に入ることはなかった。

グループがリリースしたシングル「I Wouldn't Want to Be Like You」(1977年)、「Damned If I Do」(1979年)、「Games People Play」(1980年)、「Time」 (1981年 Woolfsonが初めてリードヴォーカルとなった楽曲)、「Eye in the Sky」(1982年)は、Billboard Hot 100 入りするなど大きなインパクトを持った楽曲であり、アメリカでヒットした最後のシングルとなった「Don't Answer Me」も、1984年に TOP 15にランクインするヒットを記録した。

しかしながら、これらの成功の後、ヒットシングルは少なくなるとともにアルバムの売上げも減少し、1987年までの活動期間中にアルバム10枚を発表した後、グループはミュージックシーンから消えることになる。

グループとしては次回作として「Freudiana」というアルバムのリリースを検討していたが、1987年にラストアルバム「Gaudi」をリリース後、Project は解散に至ることになり、その解散に至るきっかけとなったのが、まさに次回作として検討していた「Freudiana」であった。

1990年、スタジオアルバムとなる「Freudiana」が Alan Parsons により制作されたが、これは The Alan Parsons Project のレギュラーバックミュージシャンを起用して Project 非公認のアルバムとして制作されたものであった。実は「Freudiana」は、当初 Eric Woolfson がミュージカル化するために考えた作品であったのである。結局、この Eric Woolfson の意に反したアルバム化により二人の間に亀裂が生じ、The Alan Parsons Project は解散に至ることになった。

グループ解散後 Alan Parsons はソロキャリアを追求し、ソロ名義で「Try Anything Once」(1993年)、「On Air」(1996年)、「The Time Machine」(1999年)、「A Valid Path」(2004年)という4枚のアルバムをリリースする。また The Alan Parsons Project のレギュラーメンバーの多くとともに初めてワールドワイドにツアーも展開して成功を収めた。

一方、Eric Woolfson は、The Alan Parsons Project の音楽の世界観を持ったミュージカルの脚本を創作し続け、「Freudiana」(1990年)、「Gaudi」(1995年)、「Gambler」(1997年)という「Eye in the Sky」、「Time」、「Inside Looking Out」、「Limelight」などの The Alan Parsons Project の楽曲を取り入れた3本のミュージカルを制作している。また、1991年にオーストリアの精神分析学者、精神科医である Sigmund Freud(ジークムント・フロイト)の心理学に関する著書に関するコンセプトアルバム「Freudiana」と、2003年に Edgar Allan Poe の文学に関する The Alan Parsons Project の1stアルバムの続編となる「Poe: More Tales of Mystery and Imagination」を制作した。

なお、前述のとおり「Freudiana」には異なる内容の二つのヴァージョンが存在しており、Alan Parsons が1990年にリリースした The Alan Parsons Project 非公認のアルバム(一応 Eric Woolfson との共作となっている。)が「White Album」、Eric Woolfson が1991年にソロでリリースしたアルバムが「Black Album」と呼ばれている。

▼ The Alan Parsons Project
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プロジェクトのアルバムのほとんど、特に初期の作品については、1973年に Alan Parsons がオーディオエンジニアを務めた Pink Floyd の「The Dark Side of the Moon」に影響を受けているといわれる共通の特徴を持っていた。

その特徴とは、そのほとんどがコンセプトアルバムであることと、概して一曲目が歌へと移行していくインストゥルメンタルのイントロで始まることである。それはしばしば LP 盤の B 面の中盤に挿入されることもあり、静寂で、哀愁を帯びた、時に力強い歌に移行していく傾向にあった。

イントロのインストゥルメンタルは1982年リリースの「Eye in the Sky」収録の1曲を除いて1980年までにほとんど挿入されなくなったが、ほとんどのアルバムがアルバム構成上どこかに少なくとも1曲のインストゥルメンタル曲を収録していた。

The Alan Parsons Project のオープニングのインストゥルメンタルとして最も知られ、聴かれることになったのが「Eye in the Sky」の冒頭に収録されている「Sirius」である。「Sirius」は様々なアメリカのスポーツチームの入場曲として使用され、とりわけ1990年代の NBA(National Basketball Association)の名門チームである Chicago Bulls の入場曲として知られている。また1980年代中頃のプロレスで活躍したプロレスラー Ricky Steamboat の入場テーマとしても使用された。さらにアメリカの TV アニメ番組「The Adventures of Jimmy Neutron: Boy Genius」や、2009年の映画「Cloudy with a Chance of Meatballs」など、テレビ番組のバラエティーや映画でも使用されている。

グループは一人のリードヴォーカルの代わりに数名のヴォーカリストを起用することでも知られており、リードヴォーカルの役割は、各楽曲に合ったヴォーカルスタイルという視点で選ばれたヴォーカリストがそれぞれ担うことになった。

後年、Eric Woolfsonは、「Time」、「Eye in the Sky」、「Don't Answer Me」といったグループの数々のヒット曲のリードヴォーカルを担ったが、バンドの1stアルバムから4thアルバムまではリードヴォーカルを担わず、その後も散発的にだけヴォーカリストの役割を担った。Eric Woolfson が歌った楽曲が大ヒットした時、レコード会社は Alan Parsons にもっと Eric Woolfson を起用するよう求めたが、Alan Parsons は Eric Woolfson ではなくプロシンガーの起用を望んだため、Eric Woolfson に加えて Chris Rainbow、Lenny Zakatek、John Miles、David Paton、The Zombies の Colin Blunstone をレギュラーのヴォーカリストとして起用した。その他の Arthur Brown、Procol Harum の Gary Brooker、Dave Terry a.k.a. Elmer Gantry、Vitamin Z の Geoff Barradale、Marmalade の Dean Ford といったシンガーに至っては、The Alan Parsons Project と1、2回しか仕事をしていない。また、Alan Parsons 自身も1stアルバム「Tales of Mystery and Imagination」の収録曲である「The Raven」で一度だけヴォコーダーを使用してリードシンガーを務め、その他「To One in Paradise」を始めいずれも「Tales of Mystery and Imagination」において数曲のバックヴォーカルを務めている。

頻繁にヴォーカリストを変える一方で、ミュージシャンについては Eric Woolfson と Alan Parsons に加えて、ロックグループの Pilot のメンバーであった Ian Bairnson(guitar)、David Paton(bass)、Stuart Tosh(drums)が当初から参加し、その後同メンバーである Billy Lyall(keyboardist)も加わり、これら少数のメンバーがレギュラーとして The Alan Parsons Project に参加した。このおかげで、数多くのヴォーカリストが入れ替わったにも関わらず、The Alan Parsons Project はその独自の音楽スタイルを維持することができた。1978年リリースの3rdアルバム「Pyramid」以降、Stuart Tosh に替ってイギリスのロックバンド Cockney Rebel の Stuart Elliott が参加することとなる。レギュラーメンバーのうち特に Ian Bairnson と David Paton の2人は準レギュラーのような形でほぼすべての作品に携わった。

1984年リリースの8thアルバム「Vulture Culture」を除く全アルバムのオーケストラアレンジ(一部クワイアも)は Andrew Powell が担当した。なお、「Vulture Culture」に参加できなかったのは、当時 Richard Donner 監督の映画「Ladyhawke」の映画音楽を作曲していたためで、この映画音楽は部分的に The Alan Parsons Project のスタイルを踏襲しており、Project のレギュラーメンバーのほとんどが参加し、プロデュースとエンジニアは Alan Parsons が担当している。なお、Andrew Powell は The Alan Parsons Project の最初の2枚のアルバムの楽曲の作曲にも参加している。「Vulture Culture」以降、Richard Cottle がシンセサイザーとサキソフォン奏者としてレギュラーメンバーに加わった。

The Alan Parsons Project は、グループ存続中一度の例外を除いて決してライヴ演奏を行わなかった。これは Eric Woolfson と Alan Parsons が音楽制作の役割が主体であると考えていたことと、スタジオで使用する複雑な機材等をステージ上で再現することが技術的に困難であるという理由によるものであった。しかしながら1990年代に入りデジタルサンプラーの技術により状況は変わり、グループ解散後の1990年のシリーズコンサートである「Night of the Proms 」において既に音楽シーンから遠のいていた Eric Woolfson を除くプロジェクトのレギュラーメンバー全員が参加して「The Alan Parsons Project」名義で一度限りのライヴ演奏を行った。このライブ演奏で Alan Parsons はミキサーを担当し、最後の楽曲ではアコースティックギターも演奏している。

1993年以降、新たなバンドとしてツアーも行い、Alan Parsons もアコースティックギター、キーボード、ヴォーカルのライヴパフォーマンスを披露した。このバンドは当初「Alan Parsons」とネーミングされていたが、最終的には「The Alan Parsons Project」とは異なるバンド名として「The Alan Parsons Live Project」というプロジェクト名となっている。

Alan Parsons は1996年リリースのソロ2ndアルバム「On Air」を掲げてワールドツアーを行っており1997年日本にも立ち寄っているが、The Alan Parsons Live Project はこれ以降解散状態となっている。

2009年12月2日、Eric Woolfson は腎臓癌のため64歳で亡くなっている。

(出典:「The Alan Parsons Project」(28 October 2015 07:58 UTC) 『Wikipedia英語版』)

▼ The Alan Parsons Project
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■ 公式メンバー

◆ Alan Parsons
keyboards, acoustic guitar, bass, flute, vocals, vocoder, engineering, programming, production, composition

▼ Alan Parsons
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◆ Eric Woolfson
keyboards, vocals, composition, lyrics, executive production

▼ Eric Woolfson
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今ではほとんど見かけることもなくなったが、若かりし頃、洋楽アルバムはもっぱら「輸入レコード専門店」で購入していた。それは輸入レコードが歌詞カードやライナーノーツがない代わりに安価で購入できたからである。その代わり粗悪な製品も多かったが・・・。

そんな行きつけの輸入レコード専門店の壁に掲げられていたアルバムジャケットに魅かれて購入したのが、今回紹介する The Alan Parsons Project のアルバム「Vulture Culture」である。The Alan Parsons Project のアルバムとして初めて手にした記念すべき一枚である。

最初に真紅のバックにコンドルと思しき動物が自分の尾をくわえている古代ペルシャ時代を思い起こさせる金の指輪(実際にはもっと大きな彫刻作品であるが)のジャケットデザインを目にした時、非常に謎めいたメッセージ的なものを感じたが、実際にアルバムを聴いてみてもそのサウンドは最初に感じたインスピレーションを裏切らないものであった。

The Alan Parsons Project というバンド名からして難解な雰囲気を漂わせるバンドである。そうしたバンド名に違わず玄人好みの硬質なプログレッシヴロックサウンドをベースにエレクトリックサウンドが融合した荘厳なシンフォニックサウンドが特徴的であり、アルバムコンセプトや世界観も非常に哲学的でアカデミックである。特にバラッドトラックのクラシカルな荘厳さは他に類を見ない彼ら独特なスタイルと言えるだろう。

加えて Eric Woolfson のクワイヤーのようなヴォーカルも神秘的で、より一層荘厳な雰囲気を醸し出すのに貢献している。

The Alan Parsons Project と聞けば日本でもヒットした「Eye in The Sky」を思い起こす方が多いかもしれないが、今回紹介したアルバム「Vulture Culture」はグループ後期の作品であり、派手さはないがグループとして円熟味を増した時期の、いかにもブリティッシュロックらしいハードな楽曲と荘厳なバラッドといったソフトな楽曲を絶妙なバランスで織り交ぜた非常に渋い大人なアルバムに仕上がっている。

中でも Chris Rainbow がリードヴォーカルを務めた高尚かつ荘厳なバラッド「Days Are Numbers (The Traveller)」と Eric Woolfson がリードヴォーカルを務めた「The Same Old Sun」がたまらなく感動的な楽曲である。これらは映画のようなストーリー性を持った楽曲で、歌詞も非常に哲学的であり、こういった荘厳な感覚のバラッドは、まさに The Alan Parsons Project の真骨頂と言えるだろう。メロディアスでポップテイストな「Sooner Or Later」も Alan Parsons がヒットを意識したというだけあってなかなか乗りの良い素敵なポップトラックである。

若かりし頃にしっかりはまった The Alan Parsons Project の数あるアルバムの中から、まずは「Vulture Culture」を紹介させていただいた。近いうちにぜひ別のアルバムも紹介させていただきたいと考えている。

▼ The Alan Parsons Project
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■ アルバムリリースノート
好評の前作「アンモニア・アベニュー」のポップさは,よりアダルトな方向へシフトを変え,当初の力みの感じられたプレグレからは増々遠去かりつつあるようだ。最新のサウンドを取り入れつつ,APP流に料理してしまう巧みさは,彼らならではのもの。- CDジャーナル


*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「The Alan Parsons Project」「Vulture Culture」を素材として二次利用しています。



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Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
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