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2020-05

お申の神社「清洲山王宮 日吉神社」

お申の神社「清洲山王宮 日吉神社」■ 観光データ
観光スポット:清洲山王宮 日吉神社
所在地:愛知県清須市清洲
交通①:名鉄名古屋本線「新清洲駅」より徒歩8分
交通②:清洲東インター(又は清洲西・甚目寺)出口より車で約8分
見所:全国的にも珍しいお申を祀る神社

観光オススメ度:70


■ お申の神社「清洲山王宮 日吉神社」

今回は、来年の干支にちなんで全国的にも珍しい 天下随一 お申の神社「清洲山王宮 日吉神社」を紹介したい。

昨年紹介した「羊神社」に引き続き、愛知県にある干支に因んだ神社である。地元では「山王(さんのう)さん」と呼ばれ親しまれている。

日吉神社は、織田信長の居城「清洲城」のある愛知県清須市の鎮座する神社であり、「お申の神社」として12年に一度、干支が申の年に特に賑わう「厄を取りサル。福を招く。」と大変御利益がある神社として知られている。

山王(山の神)を祀り、病や厄災を除くことを目的として建立され、清洲城下の総鎮守神(総氏神)として信仰を集めており、山の神を祀るため、その神の使いを申(猿)としており、境内には様々な猿の神像が置かれている。

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の尾張三英傑にも縁があり、特に豊臣秀吉に縁が深く、秀吉の母は当神社に祈願をし秀吉を授かり、そのため幼名を日吉丸と名付けたとされている。

神社は名古屋鉄道本線「新清洲駅」から徒歩8分、東名阪自動車道清洲東インター(又は清洲西・甚目寺)出口より車で約8分と交通の便はよいが、幹線道路から入り組んだ路地を入った奥にあるため非常に分かりずらい場所にある。間際に見落としてしまいそうな小さな立て看板があるだけで案内標識等もないため、訪れる際は事前に地図でよく確認しておいた方が良いだろう。なお、駐車場は完備(約30台)されている。

近くまで来ると住宅街の中に結構背が高いこんもりとした杜が見えてくるのでおおよその方向は分かるだろう。

▼ 鳥居
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▼ 鳥居横の看板
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境内はそこそこの広さがあり、うっそうとした緑に囲まれた鎮守の杜的な趣がある神社である。「羊神社」に比べれば相当広いという印象である。

▼ 境内
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▼ 手水舎
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▼ 絵馬
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日吉神社の神様の使いは申ということで、拝殿前に配置されている2体の猿は、青銅製の神申像で烏帽子をかぶって正装している。狛犬と同様、阿吽の申というのも珍しい。(1921年(大正10年)奉納とのこと。)

▼ 拝殿
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▼ 拝殿前の猿像(右)
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▼ 拝殿前の猿像(左)
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境内には全部で24体申の像があるとのことで、屋根の瓦の切隅に御幣を持った申も配置されているので探してみるのも面白いかもしれない。

▼ 屋根瓦の猿像
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また、平成16年の申年の正月に異色の日本画家井上北斗氏により奉納された畳約八畳大(縦3m×横4.5m)の巨大な申絵馬が拝殿右側面に飾られておりなかなかの迫力である。

▼ 巨大申絵馬
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境内の奥には倉稲魂神(うかのみたまのかみ)を御祭神とする日吉稲荷社があり、小規模ながら朱色の鳥居が連なる光景は趣がある。

▼ 日吉稲荷社
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▼ 日吉稲荷社
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このお社は、尾張徳川家四代の殿様の吉通公が、旧丹羽郡石枕村(今の愛知県江南市石枕)に、鎮座の稲荷の神祠を正徳三年(1713年)に、名古屋城の正南一里程の愛知郡古渡村(今の名古屋市中区古渡町)に、当社の山王神霊の分霊と共に、山王稲荷として移し祀られた神社の分霊を祀る、ご神威高き霊験あらたかなお社として、江戸時代の終り頃に創建されたと、伝えられている。

古来より境内西南の地にて鎮座されていたが古朽の為、昭和28年11月5日に住民等が、山王稲荷講を組織して社殿拝殿等を境内東北の地(現在地)に新築し、その後奥宮(現 稲荷社横に鎮座)も創建された。平成20年9月には、崇敬者等により覆屋などが修築され現在に至っているとのことである。

また余談ではあるが、この日吉神社には黄金伝説がある。

享保十一年(1726年)当時の神主が農民に椿の枯れ木の根を売り渡し、これを掘ったところ慶長時代の大判、切り金など六十枚、時価にして数億円の黄金が発見され、二枚を残して藩役所へ差し出したところ、当時のお金で数百両となり、神社の社殿すべてを建て直すことができたという言い伝えがあり、この大判には「監物所持」と記されており、松平忠吉公の重臣小笠原監物が埋蔵したものと推定されている。

そんなわけで当神社にはまだ埋蔵金の残りが隠されているのではないかという噂が絶えず、随分昔になるがテレビの全国ネットで埋蔵金発掘番組が企画されて境内を掘り返したということもあった。結局銅銭1枚が見つかっただけに終わったと記憶しているが、そんな噂が流れるほど雰囲気あるパワースポットということかもしれない。

普段は地元の人しか訪れることのない静かな神社であるが、申年の年初は人出が見込まれるので、訪れるなら公共交通機関を利用されることをお薦めする。清洲城と合わせて観光するのもよいかもしれない。



■ 御祭神(以下「日吉神社ホームページ」から)

◆ 大己貴命(おおなむちのみこと)
出雲に祀られる国造りの神、大国主神(おおくにぬしのかみ)の別名で、神代よりその幸魂が大和三輪山に祀られている。 「人造り」・「国造り」・「医薬」・「夫婦和合」の神として信仰されている。また、大黒様として福の神の信仰を受けている。

◆ 素盞鳴命(すさのおのみこと)
天変地災、生老病死など人間の萬の苦しみの象徴であるとともに、それらを祓い除ける神として信仰されており、八岐大 蛇を退治する神話でも有名な神様。 御神徳は「病気平癒」・「厄除」・「除災招福」等

◆ 大山咋神(おおやまぐいのかみ)
日吉大社御鎮座の神、比叡山に鎮まる神として神代より信仰され、五穀豊穣や樹木の成長を司り、暮らしを豊かにする神
として拝まれてきた。京都に都が置かれてからは、「鬼門守護」の神となり、「方除け」・「魔除け」の守護神として信仰されるようになった。

▼ 境内
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■ 創祀

光仁天皇の御世、宝亀二年(西暦771年)、尾張地方に疫病が流行したので、人々が素盞鳴命を大己貴命と合わせて祀り、病災除去の氏神としたのが発祥である。その後、大同二年(西暦807年)、平安時代の官人、橘逸勢(たちばなのはやなり)が社殿を建立、また、伝教大師による天台宗の布教とともに神仏習合の説が広まり、山王宮と称されるようになった。
一方、傀儡の人々には、当社が日本で唯一の本来の山王宮であり、「古山王」という舞が当社で舞われていたという伝承がある。
十三世紀末には当神社の興隆著しく、社殿を修築し、祠官を定め社領が奉納されたと伝えられている。尾張の国府が清洲に移されてからは、清洲総氏神として信仰を集め、四千坪以上の境内地に荘厳な社殿を構えていた。
天正八年(西暦1580年)、清洲城代織田信張公は、近江坂本の日吉大社より大山咋神と摂社二十一社を勧請し、現在まで伝えている。
また、尾張徳川吉通公は当神社の御分霊を稲荷社とともに、現在の名古屋市古渡町に山王稲荷として奉斎し、その御分霊は現在、当神社の境内末社として祀られてる。
明治以降、社名を山王宮から日吉神社と改め、旧社格制度のもとでは、県社として尊崇された。

▼ 子産石(こうみいし)
当神社の一角に古来より「子産石」と称される女陰石があり女性がこの石に触れると立ちどころに懐妊すると伝えられている。清須市朝日出身の豊臣秀吉の生母(大政所)は、この子産石に触れ、祈願し秀吉を授かり、幼名を「日吉丸」と名付けたとされており、今は子授かり・安産・夫婦和合の石として奉られている。

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■ 三英傑と日吉神社
当神社は天下を取った三英傑に御縁のある逸話が伝えられており、戦国時代の武将織田信長公は、当神社の神前にて火起請(ひきしょう)という裁判に立ち合われたと伝えている。

尾張で生まれたといわれる豊臣秀吉公は、清須市朝日の出身である生母(大政所)が日吉神社に祈願し授けられた神の子であり、それゆえ幼名を日吉丸といい、身のこなしが当神社の神の使いである猿に似ていたと伝えられている。

そして、秀吉公の妻ねね(北の政所)は、その母とともに日吉神社を深く崇敬し三十六歌仙の歌仙額を寄進し、さらに、神社の垣牆(えんしょう)、神宮寺の薬師堂を造営寄進している。 天下人となった秀吉公が病を患ったおり、後陽成天皇は勅使を日吉神社に派遣し病気平癒を願われたと記録されている。

江戸幕府を開いた徳川家康公は、小牧長久手の合戦のおり、織田信雄公の軍勢とともに清洲に野営しました。その際、軍兵が当神社を焼き払ったので、当時の祀官が申し出たところ、軍兵の乱暴狼藉を禁止する制札を両将より賜った。

戦いの後、信雄公は神社の本殿、末社を造営された。その後、家康公の四男松平忠吉公が清洲城主となり、日吉神社を大々的に造営修復、社領を寄進し尊崇の誠を捧げられた。
また、忠吉公は弓術を好み射札を度々奉納されている。 神社の西側には当時の垣牆や弓場の跡が今も残っている。



■ 日吉神社へのアクセス
電車:名鉄名古屋本線『新清洲駅』より徒歩8分
車:清洲東インター(又は、清洲西・甚目寺)出口より車で約8分
住所:〒452-0942 愛知県清須市清洲 2272番地

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