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2020-07

大瀧詠一 「A LONG VACATION」

j0189■ アルバムデータ
タイトル:A LONG VACATION
アーティスト:大瀧詠一
リリース:1981年3月21日
レーベル:NIAGARA / CBS/SONY

アルバム総評価:96 点  
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《名音堂 Gold Disc 認定》


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  君は天然色  ★★★★★  youtube02
02  Velvet Motel★★★★★youtube02
03  カナリア諸島にて★★★★★ 
04  Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語(ストーリー)        ★★★★★ 
05  我が心のピンボール★★★★☆ 
06  雨のウェンズデイ★★★★★youtube02
07  スピーチ・バルーン★★★★★ 
08  恋するカレン★★★★★youtube02
09  FUN×4★★★★★ 
10  さらばシベリア鉄道★★★★☆ 


■ 講評
今回紹介するアルバム「A LONG VACATION」は、大瀧詠一 が1981年3月21日に NIAGARA / CBS/SONY からリリースしたスタジオアルバムである。全10曲を収録。

CD は、LP リリースの翌年1982年10月1日にリリースされている。ちなみに NIAGARA レーベルとは、大滝詠一 が設立・主宰していたレコードレーベルである。

1981年オリコン週間アルバムチャート最高第2位を、また、1981年度オリコン年間アルバムランキング第2位、1982年度オリコン年間アルバムランキング第26位を記録した 大瀧詠一 最大のヒットアルバムであり、このアルバムからシングルカットされた「君は天然色」(B面「カナリア諸島にて」)はオリコン週間シングルレコードランキング第36位、「恋するカレン」(B面「雨のウェンズデイ」)は第67位を記録し、「哀愁のさらばシベリア鉄道」(B面「哀愁のさらばシベリア鉄道(Guitar Version)」)はランク外となっている。

▼「君は天然色」
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▼「恋するカレン」
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▼「雨のウェンズデイ」
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▼「哀愁のさらばシベリア鉄道」
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シングル曲の多くが様々なミュージシャンにカヴァーされており、音楽関係者の評価も非常に高く、1981年第23回日本レコード大賞ベスト・アルバム賞を受賞するとともに、CD は日本レコード協会からダブルプラチナディスクに認定されている。

プロデューサーは大瀧本人、エクゼクティヴプロデューサーは 朝妻一郎、アレンジャーは 多羅尾伴内 が担当した。

なお、大瀧詠一 は1981年、 CBS ソニーレコード(後のソニーレコード、現在のソニー・ミュージックレコーズ)に移籍したが、当時 PMP の常務だった 朝妻一郎 は、本来なら PMP の元上司であった 羽佐間重彰 が社長を務めるキャニオンレコード(現ポニーキャニオン。PMP、キャニオンともニッポン放送の子会社だった)に移籍させるのが筋だったが、大瀧の音楽はキャニオンには合わないと考え、CBS ソニーに移籍させたと言われている。

アルバムジャケットは、レコード、CD のジャケットや広告、ポスターなどのデザインを手がけるイラストレーター、グラフィックデザイナーとして知られる 永井博 によるアートワークである。

永井博 は、夏の海辺やプールサイドをモチーフとした作品でよく知られており、AOR コンピレーション CD「breeze」シリーズのイラストも彼の手によるものである。また、大滝詠一 のジャケットデザインを多く手がけており、中でも「A LONG VACATION」は日本のジャケットデザイン史上に残る名作と言われている。

▼「A LONG VACATION」ジャケットデザイン
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▼「A LONG VACATION」ジャケット裏面
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「A LONG VACATION」の LP 及び CD 帯のカナ表記は「ロング・バケイション」となっており、「ロンバケ」の愛称でも親しまれている、自身最大のヒット作である。

1982年の CD 発売後、オリコン初のミリオンセールス作品でもあり、1970年代までは、マニアックでほぼ無名に近かった 大滝詠一 の名が世間にも広まり、音楽業界では「(ナイアガラでのソロ活動開始から)5年も売れなかったアーティストが突如売れるのは奇跡」と言われるほどの出来事だった。セールス面で見ても、このアルバムをリリースした1981年からの数年間が 大瀧詠一 のミュージシャンとしての絶頂期と言えるだろう。

そのアルバムの大ヒットを裏付けるように、その後もアルバム収録曲の多くが、タイアップされたり多くのアーティストにカヴァーされている。

ちなみにリリース当時のレコード帯のキャッチコピーは「BREEZEが心の中を通り抜ける」であった。なかなかキレのいいキャッチコピーである。

▼「A LONG VACATION」レコード帯
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大瀧本人による「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」を除いて、作詞はすべて 松本隆 が担当している。ちなみに大瀧と松本の2人がコンビを組むのは、はっぴいえんどのアルバム「HAPPY END」収録曲「田舎道」「外はいい天気」以来であった。

本アルバムは、アルバムタイトルのイメージである夏、及び大滝の誕生日である7月28日にリリース予定であったが、松本の妹死去により詞が書けなくなり、「作詞を降りる」と大瀧に告げたが、大瀧は「発売を延ばす。待つよ」と松本に返答し、9月に延長されたもののさらに伸び、結局3月の発売となったとされている。

なお、販売延期に関しては以前レーベル契約していた日本コロムビアが1980年までナイアガラ・レーベルの販売権を持っていたことも影響していると考えられている。

大瀧曰く、このアルバムで初めて自分のボーカルにキーを合わせて作曲した(はっぴいえんどもナイアガラ時代も全て楽器に合わせて作曲していた)とのこと。

オリコン第1位は獲得できなかったものの最高第2位まで上がり、発売1年で100万枚を突破したが、これは2006年の音楽市場規模に換算すると400万枚に該当し、アナログ、CD、リマスター盤を含めた総売上は200万枚に達するといわれている。

「レコード・コレクターズ」2010年9月号の特集「日本のロック・アルバム・ベスト100(1980年代編)」では第1位に選ばれている。

▼ 大瀧詠一
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リリース当時の LP はA面5曲、B面5曲の計10曲により構成されていた。

【SIDE A】

01「君は天然色」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
間奏部分は元々クレイジー・パーティーの「がんばれば愛」の間奏に使われる予定だったらしい。イントロのカウントをカットしたバージョンでアルバムと同日にシングル・カットされた。後にロート製薬「新・Vロート」(1982年)、キリンビバレッジ「生茶」(2004年)、アサヒビール「すらっと」(2010年)の CM ソングに使用された。

02「Velvet Motel」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
アン・ルイスに提供する予定だった「Summer Breeze」の改題。

03「カナリア諸島にて」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
「君は天然色」のB面としてシングル・カット。作詞当時、松本はカナリア諸島に行ったことがなく、想像で詞を書いたが、1999年に初訪問を果たした。

04「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語(ストーリー)」
作詞・作曲:大瀧詠一
もともとは CM 用に制作された「大きいのが好き」を「A LONG VACATION」用に発展させたもの。CM 曲ではラッツ&スターの前身であるシャネルズがドゥーワップの定番フレーズ“ダー・ビ・ドゥ・ビ・ドゥ・バ”を入れているが、本曲ではシンセにしゃべらせている。
大瀧によれば「パッ・ピ・ドゥ・ビ・ドゥ・バは松武君にシンセで作ってもらったのだけど、2つ問題があって、1つは鍵盤を押して“パッ!”って音が出るまで若干遅れちゃうのです。なのでキーボーディストにはわずかに先読みして引いてもらうハメになってしまいました。もう1つは、当時はアナログ・シンセなのでパッ・ピ・ドゥ・ビ・ドゥ・バを1音ずつ作って録るのです。1つ言葉を作っちゃ、食い気味に弾いたものを録音していって、最後に1本につなげるという大変面倒なことをしました。なっかなか一連で言葉に聴こえるようにならなくて、何度もやりましたよ。だからよく聴くと完全にジャストにはなっていないはずです。そのバラバラ感をわざと残しつつ良い案配になるまでトライし続けました」ということである。
また、鈴木茂 が弾いているギター・フレーズは大瀧が指定したものだという。大瀧は「ハニカムズでおなじみの高音ギターってことで軽く口三味線をしたらすぐにあのイントロのフレーズを出してくれました。というわけで、この曲はセカンド・ラインとボ・ディドリー・スタイルを煮込んでハニカムズ・ギターで味を整えた上にドゥーワップ・ソースを振りかけたというのが1つの解釈になるわけだけど、さらにソースにもう一味欲しいかなってことでシンセ・ドゥーワップという史上初のジャンルを提示してみた、ってことでいかがでしょうか」と答えている。

05「我が心のピンボール」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
歌詞に出てくる「Tilt」(ティルト)とは、ピンボール台自体を揺らすこと。


【SIDE B】

06「雨のウェンズデイ」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
当初は「恋するカレン」のB面としてシングル・カットされたが、後にA面とB面を逆にしたシングルが初回プレスはクリア・ヴィニール仕様で、セカンドプレスは通常仕様で発売されている。

07「スピーチ・バルーン」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
1980年にスラップスティックへ提供した「デッキ・チェア」の改作で、スピーチ・バルーンとは漫画のフキダシのこと。後に、自身のラジオ番組のタイトルにも使用された。曲中、ドラムがリムからスネア打ちになるたびにユニゾンで鳴る音は、大瀧が 矢野誠 から借りたタブラをパーカッショニストが叩いているのだという。さらに大瀧によれば「この曲はソロで歌っていますが、マルチには4回それぞれ録音したものがあるのです。例えば、エルヴィス・プレスリーのアウト・テイクを聴けば分かるのですが、毎回違うわけです。あれは“さっきはこうだったから今度はこうしよう”って意識してやってるんじゃなくて、毎回気分をリフレッシュして歌っている気がする。エルヴィスは同録だから演奏も毎回少しずつ変わり、そうなれば歌も引っ張られる。だから僕も気分を変えて歌いたかったわけですが、ここで出てくるのがモニター・バランスなのです。ちょっとスネアを上げてみるとか、ギター上げめでやってみたりすると飽きない。もしモニターを2ミックスでやっちゃうとバランス調整ができないから全然リフレッシュできないのですね。僕がスタジオに1人こもって歌録りするのは、そういうモニターをいちいち指図してやってもらうんじゃなくて、自分で調整しながら気兼ねなくやれるからというのも理由の1つなんです。ぼくはパンチ・インはしないで通してうたうんですが、それでも1つのトラックの頭から終わりまで流すと、どうも単調というか、引っ掛かりが出ないんですよ」ということで、ミックスでは4テイクのいたるところが切り換えられているという。2004年にソニーの「デジタルハンディカム」のCMソングに使用された。

08「恋するカレン」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
元は1979年にスラップスティックに提供した「海辺のジュリエット」(作詞:小林和子)の改作で、サビのメロディーが新たに加えられた。シングル・カットに際しイントロの音量が2.5dB上げられた。後に「雨のウェンズデイ」のB面としても発売される。2007年にはトヨタ・アリオンの CM ソングに採用。本楽曲はアーサー・アレキサンダーの「Where Have You Been All My Life」とメロディラインが酷似しているが、大瀧の楽曲は意図的に既存の曲を下敷きにすることが多い。

09「FUN×4」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
タイトルの正式な読み方は存在せず、「ファン・タイムス・フォー」や「ファン・かける・よん」でも問題ない。それどころか、どんな自由な読み方をしても良いという珍しい歌謡曲である、と本人が解説している。曲中の“Kiss”はオシャマンベ・キャッツ、“散歩しない?”は 太田裕美。月に吠える男は 五十嵐浩晃、“Church Bells May Ring”はシャネルズがそれぞれ参加。最後の“アンコール”は大滝自身によるもの。後に 植木等 によってカヴァーされた。

10「さらばシベリア鉄道」
作詞:松本隆、作曲:大瀧詠一
ジョン・レイトン「霧の中のジョニー(Johnny Remember Me)」からの引用で、太田裕美 への提供曲のセルフ・カヴァー。本人も「この曲は、(「霧の中のジョニー」をプロデュースした)ジョー・ミークへのトリビュートソング」と語っている。ナイアガラ・トライアングル(佐野元春、杉真理、大瀧詠一)「A面で恋をして」との両A面シングルでリリースされた(アルバムとはミックス違い)。後に 小林旭 によってカヴァーされたが、大瀧の意向で曲名に「アキラの」が追加された。

(出典:「A LONG VACATION」(2015年4月4日 11:10 UTC) 『Wikipedia日本語版』)

▼ 大瀧詠一
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大瀧詠一、大滝詠一(おおたき えいいち、本名:大瀧榮一、1948年7月28日生 - 2013年12月30日没)は、日本のミュージシャンである。

シンガーソングライター・作曲家・アレンジャー・音楽プロデューサー・レコードレーベルのオーナー・ラジオDJ・レコーディングエンジニア・マスタリングエンジニア・著述家、元Oo Records(現在は会社自体がない)取締役など、多くの顔を持つ。

◆生い立ちと学生時代

岩手県江刺郡梁川村(後の江刺市、現:奥州市江刺区)生まれ。母子家庭で育ち、母親が教師だったため、小学校・中学校でそれぞれ転校を経験している(小学校で江刺から遠野。中学で遠野から釜石)。

小学5年の夏、親戚の家で聴いたコニー・フランシスの「カラーに口紅」(Lipstick On Your Collar)に衝撃を受けて以降、アメリカンポップスに傾倒。中学入学後ラジオクラブに入り、ラジオを自作し、米軍極東放送(FEN)やニッポン放送の番組を聴くようになる。

間もなくレコード収集を始め、エルヴィス・プレスリーやビーチ・ボーイズなどの音楽を分析的に聴くようになり、独自の研究を深める。そのため、1962年夏から1966年までにチャートインした曲はすべて覚えているというほど精通している。洋楽面のみで語られがちだが、同時期には 小林旭 や 三橋美智也 なども好んで聞いていた。特にクレージーキャッツの植木等が歌う「スーダラ節」には非常に影響を受けたという。

1964年、岩手県立花巻北高等学校に入学し、下宿で一人暮らしをするが、授業料を全部レコードにつぎ込んでいたため、1年で退学させられ、岩手県立釜石南高等学校(現:岩手県立釜石高等学校)に編入。入学直前、FENでビートルズを知り、以降リバプール・サウンド全般を買いまくっていたという。釜石南高編入後、初めてバンドを組む。「スプレンダーズ」というバンドでドラムを担当していた。本来ならコミックバンドをやりたかったが同志が見つからず、やむなくビートルズタイプのバンドを組んだという。メンバーには現在釜石市にある鉄の歴史館館長を務める 佐々木諭 がいた。

1967年、上京し、小岩の製鉄会社に就職するも、出社約20日、在籍期間3ヶ月で退職。その数日前、船橋ヘルスセンターで会社の慰安会があり、余興でビートルズの「ガール」をアカペラで歌ったところ、上司から「うん、キミはこういう所にいるべき人間ではない」と諭されたという。

同年夏に、布谷文夫 と知り合い、洪栄龍らと共に「タブー」というバンドを結成。ドラムを担当していたが、同年末に解散。

1968年に早稲田大学第二文学部に入学。布谷を通じて交友があった 中田佳彦 から 細野晴臣 を紹介されて意気投合。大瀧、中田、細野の3人で定期的にポップスの研究会を開く。

1969年、細野が参加していたバンド「エイプリル・フール」の解散直前に、細野と 松本隆 によって計画されていた新バンドに加入を要請され受諾。

▼「はっぴいえんど」時代の大瀧詠一(右)
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◆1970年代

新バンド「ヴァレンタイン・ブルー」は翌1970年「はっぴいえんど」に改名し、アルバム『はっぴいえんど』でデビュー。この時期、「新宿プレイマップ」での座談会(日本語ロック論争)に参加。

はっぴいえんど活動中の1971年にソロ活動を開始し、アルバム『大瀧詠一』(1972年)を発表。

はっぴいえんど解散後はソロ活動に移行せず、当時のシンガーソングライターとしては異例である CM ソングの制作と、ごまのはえ、布谷文夫など若手のプロデュースを始める。

1974年9月には自らが作詞・作曲・編曲・プロデュース・エンジニア・原盤制作・原盤管理などをこなすプライベートレーベル「ナイアガラ・レーベル」を設立し、エレックレコードと契約。

翌1975年にははっぴいえんど解散後初となるソロアルバム『NIAGARA MOON』を発表。また、ラジオ関東(現在のアール・エフ・ラジオ日本)で、DJをつとめる番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ』を開始し、学生層のコアなファンを獲得するなど、精力的にソロ活動を開始するが、その矢先、エレックレコードが倒産する。

1976年にコロムビアレコードにナイアガラごと移籍する。その際の契約は福生45スタジオに当時最新鋭の16チャンネルのマルチトラックレコーダーを提供してもらう代わりに、3年でアルバム12枚を製作するという内容だった。

『NIAGARA TRIANGLE Vol.1』『GO! GO! NIAGARA』『NIAGARA CM SPECIAL Vol.1』はヒットを記録したものの、趣味性の強すぎる楽曲が災いし、以降作品の完成度とはうらはらに売り上げが低迷。1977年の『NIAGARA CALENDAR』はチャート入りさえしなかった。

1978年の『LET'S ONDO AGAIN』を最後にコロムビアとの契約を解消。福生45スタジオの機材も売却。ナイアガラレコードも休業状態に陥る。以降レコードの販売権の契約が残っている2年間の間、ソロ作が発表できない状況に陥る。この年にはアルバムを3作しか作っておらず、本来ならばもう1枚作らないといけない契約になっていたための自主規制であり、1980年にコロムビア主導で『TATSURO YAMASHITA FROM NIAGARA』が発売された時には安堵したという。

▼ 大瀧詠一と山下達郎
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◆1980年代前期

1979年からはプロデュース業を手掛け、翌1980年にプロデュースの仕事で出入りすることが多かったCBSソニーに移籍。旧友である 松本隆 と組んで、ナイアガラサウンドの集大成となる作品のレコーディングに取り掛かる。このレコーディングの最中に、女性向きと考えた「さらばシベリア鉄道」を 太田裕美 に提供。同曲は大瀧の曲で初めてのヒットシングルになった。

1981年3月に『A LONG VACATION』を発表。当初は売り上げが低迷していたが、徐々にセールスを伸ばし、夏にはチャート2位を記録。「第23回日本レコード大賞・ベストアルバム賞」を受賞した。1983年まで精力的に楽曲提供・プロデュースを続け、松本とのコンビでの 松田聖子 のシングル『風立ちぬ』で初のチャート1位を記録。うなずきトリオのシングル『うなずきマーチ』では大瀧作詞曲で初のチャート入りを果たすなど、多くのアイドルソング・コミックソングなどを手掛け一躍名声が高まる。また森進一の『冬のリヴィエラ』や小林旭の『熱き心に』など演歌系のジャンルにも進出を果たす。

しかし、独自の音楽理論を構築していったことなどが影響し、オリジナル作品をコンスタントに発表していく意味を見いだせなくなっていき、1984年のアルバム『EACH TIME』制作時に歌手活動の休止を決断。

1985年6月のはっぴいえんど再結成ライブを最後に人前で歌うことはほとんどなくなり、同年11月にシングルカットした「フィヨルドの少女」を最後に新譜の発表は長い間途絶えることになる。

▼ 大瀧詠一
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◆1980年代後期 - 1990年代

1980年代後期以降、長い間はナイアガラレコードの旧譜のリマスタリングや、大瀧が影響を受けた先人の音源復刻「LEGENDARY REMASTER SERIES」の監修やライナー執筆、ラジオの特別番組のDJなどを手掛ける。また、1979年から本格的に取り組み始めたポップス史の研究は、1983年に「分母分子論」としてその一端が明らかにされていたが、1991年にはそれを更に発展させた「普動説」として結実させている。

1988年に小泉今日子に提供した『快盗ルビイ』以降作曲から遠ざかっていたが、1994年からソニーのOo Recordsに取締役兼プロデューサーとして参加。1995年の渡辺満里奈の『うれしい予感』が作曲家としての復帰作となる。

1997年には12年ぶりとなる新曲『幸せな結末』を発表。月9ドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌としてミリオンセラーを達成。これに続き、市川実和子のシングル・アルバムのプロデュースも手掛ける。

▼ 大瀧詠一
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◆2000年代 - 2010年代

2000年代に入ると再び旧譜のリマスタリング、音源復刻監修を再開。また昔の自分のラジオ番組をリマスターして再放送したり、昔の自分のラジオ番組の新シリーズを開始するなど、独自の試みを行うようになった。

2003年には6年ぶりのシングル『恋するふたり』を発表。月9ドラマ『東京ラブ・シネマ』主題歌としてヒットする。また、竹内まりやのアルバム『Longtime Favorites』でフランク・シナトラ & ナンシー・シナトラの「恋のひとこと」(SOMETHING STUPID)をデュエット。これらが最後の作品発表となった。

2004年末には自宅にマスタリング用の器材を導入し、福生45スタジオが復活。2005年から最後のリマスターとしてナイアガラ旧譜の30周年アニバーサリー盤の発表を順次開始。2014年3月には最終作となる「EACH TIME」の発表を控えていた。またラジオ『大瀧詠一 のアメリカン・ポップス伝』も佳境にさしかかっており、2014年春もしくは夏に完結し、本命であるイギリスのポップス伝に移行するものと目されていた。

2011年3月11日に起きた東日本大震災後には、地元の同級生に電話を掛けて安否確認をする等、震災にあった地元に思いを寄せ続け、被災者となった同級生にサインを入れた自身のCDを贈っている。

2013年12月30日17時30分頃、東京都西多摩郡瑞穂町の自宅で家族と夕食後のデザートに林檎を食べている時に倒れ、救急搬送された。警視庁福生警察署などによると、家族は「林檎を食べていてのどに詰まらせた」と説明していたという。救急隊がかけつけた時は既に心肺停止状態であり、病院に搬送後19時頃に死亡が確認された。死因は解離性動脈瘤とされた(報道では発症部位など詳細については発表されていない)。65歳没。

(出典:「大瀧詠一」(2015年7月16日 09:51 UTC)『Wikipedia日本語版』)

▼ 晩年の大瀧詠一
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「サマーポップを連想させるサウンドクリエーター」と聞いてまず思い浮かべるのが、山下達郎 と 大瀧詠一 の二人である。

若かりし頃の夏のドライブミュージックの定番として深く青春の記憶に刻まれている 山下達郎 と 大瀧詠一 のサウンドであるが、例えるなら 山下達郎 の楽曲がアクティヴなサーフィンや常夏のアイランドビーチをイメージさせるサウンドであるのに対して、大瀧詠一 の楽曲は大人で洗練されたリゾートホテルのプールサイドをイメージさせるサウンドといったところであろうか。

大瀧詠一 はテレビ嫌いとしても知られており、はっぴいえんど時代こそ数度テレビ出演したものの、ソロになって以降は1970年代のエレック~コロムビア時代に数回出演しただけで、1981年に CBS・ソニーに移籍の上で活動を再開して以降は全くテレビに出ることはなかったが、テレビ出演がほとんどないという点においては奇しくも 山下達郎 と共通しており、非常に興味深い。

そんな 大瀧詠一 のイメージを象徴するアルバムが、今回紹介する彼の代表作「A LONG VACATION」である。

ジャケットのイラストよろしく、アーバンリゾートを感じさせる 大瀧詠一 のサウンドの魅力は、夏の都会の喧騒から隔絶された穏やかで安らかな時間と空間を演出してくれるサマーブリーズのような爽やかな心地良さにある。

主張し過ぎないエコーナイズされたクリスタルなヴォーカルとダイナミックかつ深遠なオーケストラアレンジ。「A LONG VACATION」は、そんな映画のサウンドトラックを聴くような心地良さが実に爽やかで気持ちいいアルバムだ。

加えて「A LONG VACATION」を語る上で忘れてならないのが、アルバムタイトルを見事に体現したジャケットデザインである。

このアートワークは、当時誰もがカセットケースのラベルでお世話になったイラストレーター 鈴木英人 と並び称される 永井博 によるものである。

永井博 は、大滝詠一 の「A LONG VACATION」を始め、「雨のウェンズデイ」、「君は天然色」、「さらばシベリア鉄道」、「恋するカレン」やサザンオールスターズの「ジャズマン」、「 いなせなロコモーション」などのジャケットデザインでも知られているが、中でもこの「A LONG VACATION」のジャケットの評価は極めて高く、このジャケットを見るだけで否応なしにサウンドへの期待が高まる魅力的なジャケットデザインとなっている。

サマーソングの定番である「君は天然色」や「恋するカレン」など、名曲揃いの 大滝詠一 の最高傑作「A LONG VACATION」。

猛暑が続くこの夏、ぜひ聴きたいサマーポップアルバムとしてお薦めしたい1枚である。

▼ 大瀧詠一と佐野元春と杉真理
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■ アルバムリリースノート
伝説のロックバンド「はっぴいえんど」に在籍していた大滝が、そのマニアックともいえるアメリカン・ポップスへの深い知識をわかりやすく結晶化させた作品である。

それまでの日本にはなかったドライでクールな情感を漂わせるメロディ、精密に構築されたカラフルな音作り、松本隆 の手によるファッショナブルな歌詞が生みだすサウンドイメージは、当時の音楽シーンに大きな衝撃を与えるとともに、ベストセラーとなった。「ジャパニーズ・ポップスの最高峰」と評されることも多い傑作。永井博 によるジャケットも秀逸だ。- Amazon(森 朋之)

▼ 大瀧詠一
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「大瀧詠一」「A LONG VACATION」を素材として二次利用しています。


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Author:香山蔵之介
名古屋音楽堂本舗の店主香山蔵之介による音楽講評です。
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