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2020-05

Adrian Gurvitz 「Il Assassino」

j0169■ アルバムデータ
タイトル:Il Assassino
アーティスト:Adrian Gurvitz
リリース:1980年
レーベル:Jet Records

アルバム総評価:89


■ 曲目リスト
  №  曲          名評     価  MV  
01  Borrowed Beauty  ★★★★★  youtube02
02  Seventeen★★★★★youtube02
03  Movie Picture★★★★☆ 
04  Hit Man★★★★☆youtube02
05  Movie Picture Theme          ★★★☆☆ 
06  She's In Command★★★★★youtube02
07  New World★★★★☆youtube02
08  Crying To The Night★★★★★youtube02
09  Heat★★★★★youtube02


■ 講評
今回紹介するアルバム「Il Assassino」は、Adrian Gurvitz が1980年に Jet Records からリリースした2ndソロアルバムである。リリース当時の邦題は「サイレント・シティ」であった。

ちなみに「Assassino」はイタリア語で「殺し屋、暗殺者」という意味(英語の「Assassin」)であり、アルバムジャケットもそうしたタイトルを反映したサスペンス調のデザインとなっている。

▼「Il Assassino」レコードジャケット
画像



Adrian Gurvitz(本名:Adrian Curtis Gurvitz、1949年6月26日生)は、イギリス 北ロンドンのストーク・ニューイントン出身のシンガーソングライター、ミュージシャン、レコードプロデューサーである。

その恵まれた作曲能力により、グラミー賞を受賞した映画「The Bodyguard」のサウンドトラック収録曲である U.S.Billboard Mainstream Rock Chart 第1位を獲得した Eddie Money の「The Love in Your Eyes」、UK Single Charts 第8位を記録した自身の楽曲「Classic」、UK Rock Chart Single トップ10入りした Adrian Gurvitz のバンド「The Gun」の楽曲「Race with the Devil」など、数々のヒット曲を世に送り出している。

また Adrian Gurvitz の活動初期のバンドである「The Gun」、「Three Man Army」、「The Baker Gurvitz Army」は、イギリスのハードロック創世期に大きな影響を与えたと高く評価されている。

Adrian Gurvitz 自身も、複雑でハードなギタープレイをするリード・ギタリストとしてもその名を知られており、イギリスの音楽誌「Melody Maker」の音楽ジャーナリスト Chris Welch は、「Best Guitarist in the World」の第9位に Adrian Gurvitz をランキングしているほどだ。

▼ Adrian Gurvitz
画像




Adrian Gurvitz(エイドリアン・ガーヴィッツ、1949年6月26日イギリス・ロンドン生)は、イギリスのシンガーソングライター、ミュージシャン、レコードプロデューサーである。

父親の Sam Gurvitz が Cliff Richard や The Shadows 、The Kinks といったバンドのツアー・マネージャーをやっていたこともあり、5歳年上の兄 Paul Gurvitz とともに小さい頃から音楽に親しむ。

8歳からギターを始め、15歳になる頃には既にプロのギタリストとして Screaming Lord Sutch、Billie Davis、Crispian St. Peters.などイギリスの様々なアーティストをバック・アップするようになる。

その後、「Ruperts People」というバンドに加入。

1967年に「Reflections of Charlie Brown」という曲を Columbia Records からリリースしてマイナーヒットさせる。この曲は Australian Pop Charts において第13位を記録し、イギリスでもトップ40入りを果たしたが、バンドはすぐに解散した。

その後、兄 Paul Gurvitz のバンドである「The Knack」に加入し、リードギタリスト兼シンガーとして活動を開始する。

1968年、18歳の時に「The Gun」(「The Knack」からバンド名を変更)としてメジャーレーベルである CBS Records から念願のレコード・デビューを飾り、最初のメジャーヒットとなる「Race with the Devil」を作曲、リリースする。

この曲は1968年10月にシングルリリースされ、UK single Charts 第8位を記録するとともに、1969年3月にヨーロッパ数か国において第1位を獲得。Adrian Gurvitz は10代にして大きな成功を手にした。

なお、「Race with the Devil」は Judas Priest や Black Oak Arkansas など数多くのミュージシャンによりカヴァーされている。

また、The Gun の1stアルバムのアートワークをロックバンドである Yes や Asia のアルバムのアートワークで知られるイギリス出身の画家、イラストレーターである Roger Dean が初めて手掛けたことでも注目を集める。しかしながら The Gun は、2ndアルバム「Gunsight」をリリース後、解散となる。

The Gun 解散後間もなく、ソロとしての1stアルバムの制作を開始。この音源は結果的に次に結成したバンド「Three Man Army」のデビューアルバム「A Third of a Lifetime」として使用されることになる。

Three Man Army は、Adrian Gurvitz と兄の Paul Gurvitz により The Gun をベースに結成されたバンドであり、Reprise Records 及び Warner Bros. Records と契約。1971年に1stアルバム「A Third of a Lifetime」をリリースする。

このアルバムには複数のドラマーが参加しており、Jimi Hendrix のバンド「Band of Gypsy」のドラマーである Buddy Miles もその中の一人であった。

▼ Three Man Army(中央が Adrian Gurvitz)
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Jimi Hendrix の死後間もなく、Adrian Gurvitz は Buddy Miles のバンド「The Buddy Miles Express」に参加し、USツアーに同行するとともに、Buddy Miles が1973年リリースしたアルバム「Chapter VII」にも参加することになる。

Adrian Gurvitz は、この時の USツアーで出会った元 Cream のドラマー Ginger Baker と後に「Baker Gurvitz Army」を結成することになる。

US ツアー終了後イギリスに戻り、兄の Paul Gurvitz と結成したバンド Three Man Army の活動をバックアップすることとなる。

イギリスのポップグループである Sounds Incorporated や Rod Stewart と共に活動していた Tony Newman とともに Three Man Army の1973年リリースの2ndアルバム「Mahesha」と1974年リリースの3rdアルバム「Three Man Army Three」に参加する。

「Three Man Army Three」リリースの後、Ginger Baker とともに「The Baker Gurvitz Army」を結成。

The Baker Gurvitz Army は、イギリスのレーベル Vertigo Records とアメリカのレーベル Atlantic Records と契約。1stアルバム「Baker Gurvitz Army」は、UK Albums Chart 第22位、U.S.Billboard 200 にチャートインするヒットとなり、ゴールドディスクにも認定された。

Adrian Gurvitz と Ginger Baker は、1975年と76年にさらに2枚のゴールドディスクアルバム「Elysian Encounter」と「Hearts On Fire」をプロデュースし、The Baker Gurvitz Army は現在でも伝説的なカルトバンドとして語り継がれている。

その後、Adrian Gurvitz は「The Moody Blues」のドラマーであった Graeme Edge の誘いを受けて Graeme Edge のバンド「The Graeme Edge Band」に参加。

Graeme Edge の依頼により2枚のアルバム「Kick Off Your Muddy Boots」と「Paradise Ball Room」 の作詞、作曲、プロデュースを担当し、両アルバムともにアメリカでヒットを収める。

▼ Adrian Gurvitz
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1979年、ソロに転身しイギリスのロックバンド ELO(Electric Light Orchestra)の所属レーベルとしても知られる Jet Records から2枚のアルバムをリリースする。

当時はまだアメリカのスタジオミュージシャンとしても活動していたTOTO のメンバーである Jeff Porcaro、Joe Porcaro、Steve Porcaro、David Paich らが参加してソロ1stアルバムとなる「Sweet Vendetta」(邦題:「甘い復讐」)を制作する。

このアルバムは一貫してブリティッシュ・ロックのメインストリームを歩み続けた筋金入りのロッカーであった Adrian Gurvitz がソフト&メロウな歌声を披露し、新境地を開いたアルバムとしても話題となる。当時のソフト&メロウ・ブームにも乗って、特に日本でヒットした。

1980年、2ndアルバム「Il Assassino」(邦題:「サイレント・シティ」)を制作。このアルバムの収録曲「Seventeen」も日本で独自のシングル・ヒットを記録する。

Jet Records との契約が終了し、ヨーロッパレーベルの「EMI/Rak」とアメリカレーベルの「Geffen Records」と契約する。

1982年、ソロ3rdアルバム「Classic」をリリースする。

同アルバムからシングルリリースされたアルバムタイトル曲「Classic」は、UK Singles Chart 第8位を記録する大ヒットとなり、同曲は1982年イギリスで最も聴かれたバラッド曲の一つとなっている。

この間も、イギリスのレコードプロデューサーである Mickie Most の RAK音楽出版や、Earle Brown、Hot Chocolate などへ楽曲提供を行う。

1982年にはイギリスワールドカップチームのために「England, We'll Fly The Flag」を提供し、UK Singles Chart 第2位を記録するヒットとなる。

その後、当時のマネージャーと自分たちのレーベルを立ち上げ、そこからリリースする予定でアルバム「No Compromise」を制作するが、お蔵入りとなる(後の2000年に Playfull Recrds からリリース)。また、母親を癌で失うというショックに見舞われ、一時期音楽シーンから姿を消すことになる。

1980年代終盤、アメリカロサンジェルスに移り第二の音楽人生をスタートさせる。

1988年、Eddie Money のヒット曲「The Love in Your Eyes」を作曲。U.S.Billboard Hot 100 第24位、U.S.Billboard Mainstream Rock Tracks Chart 第1位を獲得する。

このヒットにより Warner Chappell Music と契約。Steve Perry、REO Speedwagon、Chicagoといった錚々たるアーティスト、バンドに楽曲を提供する。

1992年、Adrian Gurvitz が作曲し Aaron Neville と Kenny G がレコーディングした「Even if My Heart Would Break」が Whitney Houston と Kevin Costner が主演した映画「The Bodyguard」のサウンドトラックに収録される。

このサウンドトラックは歴代のサウンドトラックで最も売れたサウンドトラックとなり、過去最も売れたアルバムトップ5に入る大ヒットとなる。同サウンドトラックは、1994年のグラミー賞で年間ベストアルバム賞を獲得し、全世界で4,500万枚を売り上げた。

また「Even if My Heart Would Break」は、Kenny G のプラチナディスクアルバム「Breathless」にも収録されている。

このヒットにより一気にブレイクしたことで莫大な印税を手にした Adrian Gurvitz は、職業作家としての仕事を一時的に休止し、自分のアルバム制作を開始する。

1996年、Playfull Records から全編ギター・ インストで心地好いスムース・ジャズに仕上げた4thアルバム「Acoustic Heart」をリリースする。

2000年、Cool Sound から未発表となっていた音源から5thアルバム「No Compromise」をリリースする。

2002年、アメリカのポップガールグループ「No Secrets」をプロデュースする。メンバーの一人 Carly Lewis は Adrian Gurvitz の娘である。

No Secrets は Jive Records と契約し、シングル曲「Kids in America」はアメリカのフル3DCGアニメ映画「Jimmy Neutron」(邦題:「ジミー・ニュートロン 僕は天才発明家!」)のサウンドトラックにも収録され、Heatseekers Billboard Charts で第1位を獲得する。

その後 Walt Disney Records の依頼により Jesse McCartney、Cheetah Girls 、Anne Hathaway など Walt Disney Records お抱えのポップスターたちに楽曲を提供するとともに、コンピレーションアルバムである「Disneymania」(邦題:「WOW!~ディズニーマニア」)シリーズのサウンドトラックをプロデュースする。このシリーズからは3枚がゴールドディスクアルバムに認定された。

2011年、Pixie Lott のアルバム「Young Foolish Happy」に収録された Pixie Lott featuring Stevie Wonder による「Stevie on the Radio」をプロデュースし、このアルバムはイギリスでゴールドディスクに認定されるヒットとなる。

最近は、ジャマイカ人ミュージシャンの Ziggy Marley や Andra Day と活動するなど精力的に音楽活動を継続するとともに、Jeffrey Evans と共に設立したレコードレーベル Buskin Records や Buskin Records がハートナーシップ契約を結んでいる Warner Bros. Records の役員としても活動している。

(出典:「Adrian Gurvitz」(21 January 2015 01:23 UTC) 『Wikipedia英語版』)

▼ 近年のAdrian Gurvitz
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Adrian Gurvitz を御存知の方は、相当コアな洋楽ファンではないだろうか。

Adrian Gurvitz は、もともとはブリティッシュ・ロックのメインストリームを歩み続けた、筋金入りのハード・ロック畑のミュージシャンであったが、ソロ転身をきっかけにソフトロック路線に転向し、大きくイメージチェンジを図ったことでも知られており、当時その変貌ぶりに驚いた洋楽ファンも多かったようだ。

そうした路線の転向には、Jet Records からリリースした1stソロアルバム「Sweet Vendetta」(邦題:「甘い復讐」)において、TOTO のメンバーである Jeff Porcaro や David Paich らとアルバムを制作することで、ウェスト・コースト・ロックの影響を受けたことも大きく関係していると推察されるが、そうした新たな音楽の方向性を示したソロアルバムの中でも特に印象深いのが、2ndソロアルバムである「Il Assassino」である。

「Il Assassino」は、1stソロアルバム「Sweet Vendetta」で披露したディスコソウル的な雰囲気を残しつつも、よりロック色を強め、インストゥルメンタル曲を盛り込んだ映画のサウンドトラックのような、ドラマティックでアーバンなサウンドのアルバムであるが、洗練されたシティーロックという以外、実はそれほど特筆すべき内容を持ったヒットアルバムではない。

そんな「Il Assassino」を推す理由は、このアルバムが日本でのみシングルカットされてヒットした楽曲「Seventeen」を収録しているアルバムであるからに他ならない。

▼「Seventeen」日本シングル盤
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「Seventeen」は、Adrian Gurvitz のソフトでメロウな歌声が冴える AOR の名曲として知られており、何故か日本でのみシングルリリースされてヒットした特異な楽曲であり、当時 FM でもパワープレイされていた“日本”において Adrian Gurvitz を代表する楽曲である。

「Seventeen」は、軽快でダンサブルなビートに繊細な Adrian Gurvitz のヴォーカルが乗る一級のポップロックであり、特にイントロと間奏部分のメランコリックでファンキーなギターのソロプレイは、AOR のツボを押さえた実に見事なクオリティーとなっている。

また、サビの「Dance! Saturday Night!!」というフレーズのリフレインも印象的で、歌い出しの「Seventeen~」というどこか甘酸っぱい青春の香りがするフレーズも当時の記憶に深く刻みこまれており、今でもこの曲を聴くと17歳という年齢に漠然とした憧れを抱いていた当時の青臭い自分が思い出されて気恥ずかしくなる。

ただ実際に17歳になったからといって何かが変わるわけもなく、土曜の夜のディスコダンシングなど夢のまた夢であったのだが・・・。

「Seventeen」は、その完成度もアルバムの中で別格であり、今聴いても決して古さを感じさせないまさに AOR を代表する名曲と言えるだろう。

どことなく哀愁漂うセツナ系メロディーも素晴らしく、自分にとっては今でも大好きな青春のポップロックミュージックの一曲となっている。

▼ Adrian Gurvitz
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■ AORとは
「AOR」とは、おおよそ次の三つの言葉の略である。

【Audio-Oriented Rock】
まず、1970年代から1980年代初めにかけて、米国で(1)「Audio-Oriented Rock」という言葉が使われた。 これは「音を重視するロック(音志向ロック)」の意で、パンクムーブメントやHM/HRといった若者向けのラウドなロックとは方向性が異なり、クロスオーバー的なサウンドと大人向けの落ち着いたヴォーカルが特徴である。ミュージシャンとしては、ボズ・スキャッグスやクリストファー・クロス、74年以降のシカゴがあげられる。
日本へは70年代後半に、「AOR(Audio-Oriented Rock)」として略語で音楽ジャンルとして簡単に紹介されたため、その意を正確に理解されないまま普及した。

【Album-Oriented Rock】
その後、1980年代の米国では「Airplay-Oriented Rock」という「エアプレー重視のロック」という語も使われる一方で、(2)「Album-Oriented Rock」という「シングルチャートを意識したものではなく、アルバム全体としての完成度を重視したスタイル」という言葉が普及した。後者の代表的なアーティストとして、ピンク・フロイドやイエスなどが挙げられる。

【Adult-oriented Rock】
日本ではAORという言葉が、70年代半ばから80年代前半にかけて、音楽用語としてよく使用された。さらに後の1988年にボビー・コールドウェルの大ヒット曲「Heart of Mine」が紹介される際に、(3)「Adult-oriented Rock」の略語として「大人向けのロック」と独自解釈され、1990年のボビーのジャパン・ツアーに際しては、日本の広告代理店が「AORの代表」と称した。以前から「Adult-oriented Rock」のジャンルにおいては、TOTOとボズ・スキャッグスがその代表であるとされていたが、さらにその印象が強められた。米国では、このジャンルは「Adult Contemporary(AC)」と呼ばれ、ノラ・ジョーンズなどが解りやすい例と言える。ACは近年では更にHot、Soft、Light、Urbanなどと分類されている。 ボズ・スキャッグスは、以前はルーツ・ミュージック志向のロックを演奏し、ヒット曲のないシンガーだった。だが、1976年発表のアルバム『シルク・ディグリーズ』で、後にTOTOを結成するスタジオミュージシャンたちを起用しヒット・アルバムにしたことで、大人向けのACのシンガーとして認知されるようになった。

以上から「AOR」をまとめると、
1:音を重視するのが、Audio-Oriented Rock(主に1970年半ば-1980年代)。
2:アルバム全体としての完成度を重視するのが、Album-Oriented Rock(主に1980年-1990年代)。
3:アダルト現代音楽は、Adult Contemporary(AC)(1980年代以降)。
近年はAdult Contemporaryの語を除いて、どれも使われなくなってきている。

(出典:「AOR」(2014年6月17日 05:20 UTC) 『Wikipedia日本語版』)



■ アルバムリリースノート
AOR系ロック・アーティスト、エイドリアン・ガーヴィッツの1980年に発表されたセカンド・アルバム。「セヴンティーン」「ニュー・ワールド」他、全9曲を収録。- Amazon

▼ Adrian Gurvitz
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*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表された Wikipedia の項目「Adrian Gurvitz」を素材として二次利用しています。


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