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2020-05

Duran Duran 「Duran Duran」

j0107■ アルバムデータ
タイトル:Duran Duran
アーティスト:Duran Duran
リリース:1981年6月15日
レーベル:EMI Records

アルバム総評価:84


■ 曲目リスト
  №  曲          名評      価  MV  
01  Girls on Film  ★★★★★  youtube02
02  Planet Earth★★★★★youtube02
03  Anyone Out There★★★★★youtube02
04  Careless Memories★★★★★youtube02
05  Is There Something I Should Know?          ★★★★★youtube02
06  Night Boat★★★☆☆ 
07  Sound of Thunder★★★★☆ 
08  Friends of Mine★★★☆☆ 
09  Tel Aviv★★★☆☆ 
※収録曲は1983年Capitol re-release (US)エディションのもの。

■ 講評
Duran Duran(デュラン・デュラン)は、1978年、イングランド中部・バーミンガムにて結成されたイギリスのロックバンドである。

1980年代前半のニューロマンティック(New Romantic)といわれるムーブメントやMTV ブームの火付け役でもある。バンド名はジェーン・フォンダが主演したSF映画『バーバレラ』(1968年)で登場する悪役「デュラン・デュラン (Durand-Durand) 博士」から採ったものである。

1978年、Nick Rhodes(keyboard)、John Taylor(guitar)、Simon Colley(bass)、Stephen Duffy(vocal)の4人によって結成される。

ところが半年後に Simon Colley と Stephen Duffy が脱退。すぐに代わりのヴォーカルとして Andy Wickett が加入する。そして、その年の暮れに Roger Taylor(drum)が加入。しばらくは、この4人で活動する。

なお、Nick Rhodesは、Duran Duran 結成時まで、キーボードの演奏歴がほとんどなく、取材に対して「自分はタイプライターを叩くのが上手だったので、キーボードもすぐに上達すると思った」と答えている。

1979年、ヴォーカルの Andy Wickett が脱退。

1980年、後任のベーシスト探しが難航し、John Taylor がベーシストへ転向する。そして Jeff Thomas(vocal)、Alan Curtis(guitar)が加入しバンドは5人編成となる。ところが数か月後に Jeff Thomas と Alan Curtis は脱退。

そして後任のギタリストとして Andy Taylor が加入。しかしヴォーカル探しは難航しバンドはオーディションに踏み切る。そんな中、Simon Le Bon がヴォーカルとして採用される。採用された理由は「ルックスの良さ」「魅力的な声」「歌が上手い」そしてオーディションを受けた人たちの中で Simon Le Bon だけが「詩や曲を書き溜めたノート」を持参していたからである。曲も書けて歌の上手いヴォーカルとして Simon Le Bon はバンドに迎え入れられ、ようやくメンバーが固定される。

1981年2月、シングル「プラネット・アース」(英12位)でデビュー。

(出典:「デュラン・デュラン」(2014年7月26日 06:51 UTC)『Wikipedia日本語版』)

また、1981年に開局したミュージック・チャンネル「MTV」は、1980年代から1990年代にかけて、ロックを中心としたポピュラー音楽の重要なプロモーターであり、アメリカの大衆文化の推進力として考えられたこともあったほど圧倒的な影響力があったが、Duran Duran はその影響力を存分に活用してミュージックビデオによるプロモーションをワールドワイドに展開した先駆け的なバンドとしても知られている。

1980年代に入り、洋楽界はまさにミュージックビデオなしでは語れない時代に突入し、結果的にビジュアルを意識したニューロマンティック系のバンドには強い追い風となったわけである。

▼ Duran Duran
画像




今回紹介するアルバム「Duran Duran」は、Duran Duran が1981年6月15日(U.S.リリースは1983年4月25日)に EMI Records からリリースした記念すべき1stアルバムである。自身のバンド名を冠しているあたりにその自信と意気込みが窺える。

全英チャート最高第3位を記録しており、the UK Top 100 に117週チャートイン、1982年12月にはプラチナディスクに認定されている。

アルバムリリース時のメンバーは次の5人であり、メンバー構成としては第4期(1980年-1985年)に当たる。

最初アメリカで「Duran Duran」がリリースされたときは、鳴かず飛ばずであった。1983年リリースの2ndアルバム「Rio」のヒットを受けて再販され、その結果 US Billboard 200 の最高10位を記録し、87週チャートインした。これにより、「Duran Duran」は、1985年6月にアメリカレコード協会からプラチナディスクに認定されている。

なお、このアルバムには何種類かのエディションが存在しており、収録曲も微妙に異なっている。ちなみに今回は、手元に所有している1983年リリースの Capitol re-release (US)エディションを基に講評している。このエディションは、1981年にリリースされたオリジナルの1stアルバム「Duran Duran」に「Is There Something I Should Know?(邦題:プリーズ・テル・ミー・ナウ)」を追加収録して、アメリカと日本で再リリースされたエディションである。

(出典:「Duran Duran (1981 album)」(11 September 2014 19:36 UTC) 『Wikipedia英語版』)

▼ Duran Duran
画像




■ メンバー

◆ Nick Rhodes(ニック・ローズ) - keyboard & bandreader(写真:中央右)
◆ Simon Le Bon(サイモン・ル・ボン) - vocal(写真:中央)
◆ John Taylorー(ジョン・テイラ) - bass guitar(写真:左)
◆ Roger Taylor(ロジャー・テイラー) - drums(写真:中央左)
◆ Andy Taylor(アンディ・テイラー) - guitar(写真:右)

※3人のTaylorに血縁関係はない。

▼ Duran Duran のメンバー
画像




Duran Duran は、さしずめ今で言うところのビジュアル系バンドのごとく、ファッショナブルでイカシしたルックスの5人のメンバーによるロックバンドであったが、当時としては楽曲が非常に斬新で洗練されており、日本でもアイドル並みに相当な人気を博した。こうしたバンドには珍しく、女性のみならず男性にも非常に人気が高かったのも特徴的であった。

また、ビジュアルに留まらず「New Romantic」と呼ばれるニューウェイヴなムーヴメントでワールドワイドに影響を与えた80年代を象徴するイギリスのモダンロックなバンドである。

New Romantic(=New Romantics)とは、1970年代後半のロンドンで、ニュー・ウェイヴシーンから派生した音楽ジャンルのひとつである。イギリスでYMOを最初に紹介したとされる Steve Strange が主宰していたクラブ・ビリーズで開催されていた「デヴィッド・ボウイ・ナイト」が発祥と言われ、Steve Strange のバンド“Visage(ヴィサージ)”が元祖 New Romantic であり、後に Duran Duran、Culture Club などが登場してきた。

New Romantic のサウンド面は、基本的にはシンセサイザーを多用したエレクトロ・ポップが主体であるが、生演奏主体のバンドも多く存在するため音楽性は様々である。 ルーツとしては、David Bowie や Roxy Music 系等のグラム・ロックの流れからのダンディズムが構築されていったとされる。

巧みなビジュアル戦略により、1980年代前半のアメリカで第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれる一大ブームを巻き起こした。日本では、後のヴィジュアル系等にも影響を与えることとなった。

New Romantic の音楽性は様々であるが、初期はヒラヒラした中世ヨーロッパ的な衣装を身につけたり、派手な化粧をするなど、外見に関してその特徴が一致する。

近年では、テイ・トウワと今田耕司のユニット KOJI1200 のデビュー曲「ナウ ロマンティック」の曲調及び衣装が New Romantic をモチーフにしていて、正にネオ・ニューロマンティック・サウンドであった。

(出典:「ニューロマンティック」(2014年5月20日 14:49 UTC)『Wikipedia日本語版』)

New Romantic の中でも特に、Duran Duran の楽曲の特徴でもあるギターとドラムで刻むビートの疾走感は、非常にダンサブルかつモダンであり、そのメロディーも極めて斬新であった。

ただ、改めてアルバムを聴いてみると、時代を反映した肝心のシンセアレンジやギターテクニックについては洗練されておらず、バンドの成熟度という点ではいま一つな感じが強い。

だが、そうしたバンドとしての未熟さを補って余りある Simon Le Bon のセクシーなルックスとヴォーカル、そして楽曲のスピーディーなビート感は、まさに当時の洋楽シーンを席巻した Duran Duran の真骨頂と言えよう。

1981年リリースのオリジナルアルバムを見ると、全9曲中シングルリリース曲は「Planet Earth」、「Careless Memories」、「Girls on Film」の3曲が収録されており、Duran Duran のデビューを飾るのに相応しい充実した楽曲構成となっている。ちなみに「Girls on Film(邦題:グラビアの美少女)」は、アニメ『SPEED GRAPHER』(テレビ朝日系・2005年)の主題歌でもあった。

▼「Planet Earth」1st シングル
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▼「Careless Memories」2nd シングル
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▼「Girls on Film」3rd シングル
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また、1983年のアメリカリリースの際に追加された「Is There Something I Should Know?(邦題:プリーズ・テル・ミー・ナウ)」は、全英第1位を獲得し、日本でも大ヒットしている。この楽曲は、サントリーウィスキー「サントリーQ」のCMソングとしても使用された。

▼「Is There Something I Should Know?」8th シングル
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▼「Is There Something I Should Know?」日本盤ジャケット
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一方、アルバム前半の充実ぶりに比べて後半の楽曲のパワー不足や失速感は否めない。前半のドライブ感そのままに後半の楽曲構成ができていたなら、恐らくこのアルバムはチャート1位を獲得できたに違いない。

ともあれ、「Duran Duran」は、世界に Duran Duran の名を知らしめた記念すべき1stアルバムである。このアルバム以降の Duran Duran のワールドワイドな活躍を期待させるの十分なまさに名刺代わりのアルバムであった。


*この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたWikipediaの項目「デュラン・デュラン」「Duran Duran (1981 album)」を素材として二次利用しています。


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